雇用指導官の熱心な指導と助言を得て雇用を進めた事例
- 事業所名
- 公益財団法人天理よろづ相談所 天理よろづ相談所病院
- 所在地
- 奈良県天理市
- 事業内容
- 医療業
- 従業員数
- 1,852名
- うち障害者数
- 16名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 6 技師・事務補助・管理人・事務 内部障害 3 看護助手・技能員・医師 知的障害 5 食器洗浄・事務補助 精神障害 2 事務 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
![]() 事業所外観 |
1. 事業所の概要と障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
天理よろづ相談所は、昭和11(1935)年、天理教の教えに基づいて心と体の両面からの全人的包括医療の提供を目指して開設され、昭和41(1966)年4月に財団法人(現在は公益財団法人)として法人格を取得し、その組織は身上部、事情部、世話部と三部門からなっている。三つの部門が連携し医学と信仰と生活の三面から人々の救済を図り天理教の理想の実現に寄与することを目的としている。
天理よろづ相談所病院は、「天理よろづ相談所病院」(入院棟、外来診療棟)、「白川分院」の2医療機関から成り、医学研究所とともに身上部に属する。そのうち「天理よろづ相談所病院」は、入院棟にある病棟数は22病棟、許可病床数は815床、稼働病床は719床となっており、看護要員数は10対1となる総合病院で、平成25(2013)年度の入院患者延数は212,116名・1日平均581名、平均在院日数は12.5日、外来患者延数は585,647名・1日平均2,012名である。
(2)障害者雇用の経緯
ア.障害者雇入れ計画の作成命令を受ける
平成16(2004)年10月初旬に、ハローワーク奈良の雇用指導官より、障害者雇用率が充足していないとの指摘があり、法人理事長宛に3年間の障害者雇入れ計画書を作成するよう通知され、その後、定期的に指導を受けることになった。
法人としては障害者を雇用する意思がないわけではなかったが、求人に対して障害者から応募がないことや、病院には感染症等の危険があること、病院という環境でなかなか障害者雇用自体が定着しにくく、その理由として医療の現場はほとんどが国家資格を有する者で成り立っているので、国家資格を有する障害者でないと雇用は難しいことなどを伝えたが、雇用指導官からは「そういったことは理由にならない、事務や労務職の範囲でも雇用できる筈だ、天理教という宗教団体をバックに病院が存在するなら障害者の雇用は当然するべきだ」と指摘を受けた。
当法人の人事担当者は、雇用指導官から「未達成事業所については最終的に厚生労働省より社名が公表される」という話も聞く中で、当法人としての社会的責任を痛感し、真剣に障害者雇用に取り組まないといけないとの認識に至った。そして人事担当者は当時の上層部や職場において、企業が社会で活動していくためには、社会での信頼が重要な要素であり、社会的責任を果たす一環として、障害者雇用の促進を進めることの重要性を説いて回った。
イ.障害者の新規雇用の開始
具体的にはどのように雇用に取り組めばよいか雇用指導官に尋ねると「奈良市に障害者職業センターがあり、そこで障害者に対する各種の就労支援を行っている。またハローワークにはトライアル雇用という制度があり、3ヶ月間の有期雇用制度で、その期間内にも職業センターから派遣されるジョブコーチがついて、仕事の創出や手順の作成、障害者には仕事を覚えるように援助をして貰える。それでも無理と判断したら常用雇用に至らなくても構わない」ということも教えられた。
それ以後、ハローワークから平成18(2006)年12月、翌年の平成19(2007)年1月、4月、9月、11月に各1名の計5名、平成20(2008)年4月に1名と紹介を受け、全てトライアル雇用から開始となった。3か年の障害者採用計画最終年になっても計画数には不足していたが、雇用指導官の熱心な指導でこの間に5名の採用に至った。
採用計画を実行する中で雇用指導官の熱意を物語る話がある。2名の紹介を受け配属予定部署に打診した時、その配属予定先から受入れは難しいとの回答があったので、その旨を雇用指導官に伝えると「面接もしないで採否を決められるのは納得がいかない。大丈夫だと思える人でないと紹介していない。せめて職場体験だけでもさせて欲しい。面接した後やトライアル雇用後に常用雇用に至らないと決定しても構わない。折角今まで天理よろづ相談所病院とハローワーク奈良が一緒に障害者雇用を充足させようと頑張ってきたのに…」と猛烈な抗議を受けた。そして最終的にこの2名の面接を行ったが、結果2名のうち1名がトライアル雇用を活用し、その後採用になったことがあった。「機会あるごとに来訪される雇用指導官の熱意にはいささか閉口気味の時もありましたが、そのお蔭で雇用率を達成できた訳だから、逆に頭が下がる思いです」と人事担当者は言う。
2. 取組事例とその内容
(1)ハローワークの紹介によるトライアル雇用から正式採用へ
概ね、ハローワークから紹介を受けトライアル雇用を経ている者は、定着がよく勤務が続いている率が高い。その事例を記載する。
ア.事例1(Jさん)
障害は下肢機能障害で2級である。平成18(2006)年12月から平成19(2007)年2月まで3ヶ月間トライアル雇用をした。業務は、用度課の事務室でのパソコン入力等で、平成19(2007)年3月から正式採用した。採用後の勤務時間は本人の希望で月曜日から金曜日までの5日間、8:30~15:30の1日6時間、週30時間の勤務である。かなり低身長で、いすに座るときの補助具として踏み台を作った。
イ.事例2(Mさん)
短大卒業後一般企業に就職し特に変わったこともなく勤務していたが、入社3ヶ月目で「てんかん」の発作が起きて会社を辞めさせられた。その後発作は起きていないが、精神障害者保健福祉手帳3級を取得している。
トライアル雇用を経て、平成19(2007)年7月23日から正式採用した。用度部の配属で、印刷・伝票仕訳・物品発注・パソコン操作の業務に従事している。勤務は月曜日から金曜日の週5日8:30~17:00の7時間30分、週37.5時間の勤務である。
ウ.事例3(Kさん)
障害者手帳はなく、奈良障害者職業センター所長の「障害者の雇用の促進等に関する法律第2条4号の知的障害者と判定される」という判定書がある。トライアル雇用を経て、平成19(2007)年12月1日から正式採用した。当初は、管理課のエアーシューター部門の仕事に従事していたが、エアーシューターが無くなったので、現在は清掃の仕事に従事している。月曜から金曜の週5日、1日7時間週35時間の勤務である。
エ.事例4(Aさん)
Aさんはニュースにもなった知的障害者虐待事件の被害者の一人である。障害は重度知的障害であるが、言葉のコミュニケーションは概ね取ることができる。トライアル雇用の前に1週間の職場実習を行った後、トライアル雇用を経て、平成20(2008)年2月12日から正式雇用した。勤務は栄養部の食器洗浄である。月曜から金曜の週5日1日7時間30分、週37.5時間の勤務である。
オ.事例5(Tさん)
奈良県立高等養護学校の在学中に洗濯場で6日間の現場実習生として受け入れた。現場実習では優秀だったので、卒業後トライアル雇用を経て、平成20(2008)年7月1日より正式採用した。障害は療育手帳で総合判定B2となっていて、軽度の知的障害者である。現在も洗濯場での勤務であり、月曜日から金曜日まで週5日1日7時間30分と土曜日が隔週で8時30分から12時30分の4時間・週39.5時間の勤務である。
![]() 栄養部 | ![]() 栄養部(食器洗浄) |
![]() 用度課事務室 | ![]() 用度課(物品管理) |
カ.事例6(定着できなかった事例)
定着できなかった事例としては、知的障害の女性を受け入れたが妊娠が分かり、1ヶ月で退社した例がある。また、国家資格である介護福祉士の資格を有している発達障害の方に病棟業務を担当させた。しかし、無断欠勤や遅刻が続き、周りにも迷惑をかけ非常に困った為、寮の掃除等をする仕事に変更したが、そこでも無断欠勤が続いた。かなり指導や援助に力を注いだが、結局、退職することとなり発達障害者の雇用の難しさを痛感した例がある。
(2)ハローワークを介さない雇用のケース
身体障害1級の障害者で週2回他の医院で人工透析を受けながら、医師として通常勤務をしている方、同じく身体障害1級で1日3回当院内で腹膜透析を受けながら主に事務補助や清掃等の業務を担当している方、肢体不自由であるが臨床検査技師として勤務している方、直腸機能障害4級と右股関節機能障害4級で合わせて身体障害2級の女性で高等学校新卒者として雇用した方もいる。
(3)知的障害者への配慮
知的障害者の受入れには、周りの理解と協力がなければ進まなかった。採用当初はジョブコーチがついて仕事が覚えられるように援助してもらったが、食器洗浄などは、現在は先輩が教えるようになっている。現在知的障害の人たちの勤務状況は良く、問題もない上に勤務先からこの人を変えてくれというクレームもない。むしろ障害のない人よりまじめであるとの評判を得ている。
最近、高等学校から受け入れたMさんは、エクセルやワードもこなしている。周りはできないだろうと見ていたが、皆が驚くほどきちんとした仕事ができている。
先入観で見ていたことに反省し、かつ安堵している。
知的障害の人達は、管理課では主に清掃、事務補助の業務、栄養部では食器洗浄、用度部では用務員をしている。
(4)勤務と給与の設定
基本的には障害者は時間給であり、時間給単価は750円~830円で、勤続年数に応じて単価を決定している。年数に応じて、夏季・冬季の年2回、勤勉手当も支給している。ただし、医師や技師等、元々職員であった者が障害者になった場合は、その職種の給与体系をそのまま適用している。
勤務は、週5日勤務で、1日6時間、7時間、7時間30分と個別契約で決定している。全員週30時間以上で、短時間勤務者はいない。
(5)取組の効果
当法人は、今まで障害者雇用が習慣付いていなかったので、当初は無理だと決めつけ、なかなか馴染めないのかと思っていたが、雇用が始まって時間が経ってくると、それぞれの職場では、障害のある人に対して優しい思いやりに変わってきているという。例えばレクリエーションに行くときには誰かがついているなど、皆が障害者への心遣いをしているのが感じられ非常に嬉しく思っているとのことである。
(6)現状での悩み
「私は障害者だから辞めさせられないのだ」と言いふらす方がいる。このようなことを障害者が言うと周りの反発を招くのでこれだけはやめてほしいと、本人に注意をしているが中々理解が得られないのが現状で一番の悩みである。
3. 今後の課題と展望
働く広場の2010年8月号で彦根市のパナソニック電工滋賀株式会社(パナソニック電工株式会社の特例子会社)が事例として紹介されている。この中に「今後の課題として法定雇用率のクリアだけが雇用の目的でなく、あらゆる障害者の雇用を進め、障害者と共に、ごく自然に共生できる企業風土を作り上げていく」というくだりがあり、素晴らしく理想とする障害者雇用と思う。この話を病院という業種へ置き換えるのは合わないかも知れないし、真似したくても真似できないのが現状であるが、病院での障害者雇用は難しいながらも、真剣に取り組まないと進まない。幸い当病院は障害者雇用に理解を示し受け入れてくれた部署の職員たちの、積極的な支援があればこそ、ここまで進めることができたと深く感謝している。
一時、障害者の死亡、他病院への転勤、休職期間満了等で退職となり、法定雇用率を大きく下回る状態になった時があったが、ハローワークや色々な方の紹介を得て雇用することができ法定雇用率を維持することができている。ただし、現状の障害者雇用は、事務職や労務職中心の雇用でそれも限界にきている。
今後は障害者雇用の領域を広げるための努力や工夫を続け、現在、全面委託している清掃業務の一部を自所に戻し、どこかの場所で行うとか、メッセンジャーや再来受付機の補助を担当してもらうなどの、新たな雇用の創出をしなければならないと考えている。
人は皆、個性があるように、誰でも苦手なことを持っている。障害者も障害のない者も、お互いに思いやりを持って協力して病院を運営できれば、地域の活性化にもつながり、病院として又、公益法人としての社会的責任を果たせるのではないかと思う。
執筆者: | 社会保険労務士 森村 和枝 |
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