宿泊業における障がい者の雇用**障がい者と高年齢者の共生空間事例
![]() 天 水 ![]() 華水亭 事業所外観 |
1. 事業所の概要
「美海の畔にて! 時代と共に! お客様と共に!」
鳥取県の西端、日本海を臨んで、ゆるやかにカーブを描く弓ヶ浜半島の東端沖で、海に涌く温泉が漁師により発見されたのは、明治33(1900)年頃のこと。清々しい白砂青松の海岸線が広がり、大山隠岐国立公園の一角、伯耆富士と称される中国地方最高峰の大山(標高1,729m)を見晴らすこの景勝地は、「皆、生きる」と書いて皆生(かいけ)と称する。
神話の時代、お隣の島根県は出雲の稲佐の浜から、泡となって流れ着いた魂たちが、この海岸で新しいカラダと心によみがえり、魂たちは皆、この地で生まれ変わったといわれている。
中国地方を代表する温泉地に成長した皆生温泉に、昭和42(1967)年、団体旅行客も迎えられる大型旅館の先陣として、皆生グランドホテルを開業した。次いで平成元(1989)年には、滞在型のリゾート旅館「華水亭」を開業するとともに、平成5(1993)年に皆生グランドホテルは「皆生グランドホテル『天水』」としてリニューアルし、両館合わせて900名を収容する、県下最大の集客力を誇る旅館へと進化している。
温泉は、独自に掘り当てた豊富な湯量の自家源泉であり、「宝生(ほうしょう)の泉」と名づけ、入浴いただいた方々に「美容と健康の宝が生じる温泉」であることを自負している。創業以来、私たちが掲げる精神は「喜んでもらう喜び」。いち早く、的確に時流をつかみ、常にお客様の満足度向上を目指している。
2. 障がい者雇用の経緯
当社は、昭和42(1967)年に開業し、平成元(1989)年に隣の敷地に個人向けのお客を主体にし、高級感あふれる華水亭を設立した。この頃の障害者雇用率は1.0%にも満たなかった。
宿泊業においても、直接お客と対面する接客業務以外にもいろいろな業務があり、職務や労働時間を創意工夫すれば障がい者にも作業ができるのではないかと考え、平成12(2000)年頃から検討を行い、障がいの状態、本人の希望などからフルタイムの7.15時間、短時間の4~5時間で、通勤を考慮し9:30~15:00を中心に障がい者それぞれに柔軟に対応した雇用を進め、障害者雇用率1.2%になった。
平成16(2004)年頃には、子会社から移籍したバスの送迎担当の方、客室サービス係で入社したが障がいの状態に配慮し一般事務に配置転換した方、短時間勤務の予約受付業務の方など、主に身体障がい者を雇用し障害者雇用率は1.7%になった。
ちょうどこの頃、当社は米子市の同和問題企業連絡会(現在の米子市人権問題企業連絡会)の幹事会社に就任し、会社の人権に関する責務として特に障がい者の雇用問題に重点を置いた。
平成23(2011)年には、身体障がい者4名、知的障がい者2名を雇用し、障害者雇用率は3.82%となった。この年から、新たに知的障がいのある方の雇用を開始した。
また、この年には障害者雇用優良事業所として独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長努力賞を受賞した。
知的障がい者の雇用については、翌年の平成24(2012)年に、新たに1名新卒者を雇用し、これまで配属したことのない業務に従事させたが、勤務態度は良好で、言われたことはきちんと受け入れ、まじめに業務に取り組んでいる実績ができたため、平成25(2013)年には思い切って同じ部署に2名、違う部署に1名の合計3名を雇用した。
職務の選定、受入れ体制の整備、個々の業務への適応性、指導育成方法等を充分検討しつつ雇用した結果、平成25(2013)年には雇用障がい者数14名、障害者雇用率が7.52%まで増加し、この年再び障害者雇用優良事業所として、鳥取県知事表彰を受賞した。このように雇用率が上昇していたが、一転平成26(2014)年には諸事の問題が発生し4.2%に減少し、障がい者雇用の難しさを改めて痛感した。
3. 取組の内容と効果
(1)募集・採用
現在雇用している知的障がい者は、ほとんどが米子市内の養護学校卒業生である。
障がい者が実際に業務を行えるのかどうかは、障がいの程度、教師からの助言などである程度は判断できるが、職場環境に適応できるかどうかは判断しづらく、また、障がい者個人も初めての業務であれば不安を感じ、職場定着に支障をきたすおそれがあるため、学校の現場実習制度を活用し、実際の業務を体験させ採用の判断としている。
平成25(2013)年4月に開校した高等特別支援学校は、障がい者が社会の中で自立した生活ができる力を育成する目的として設立されたと聞いている。この学校に今後の採用の参考になればとの想いで見学に行ったが、考えていた以上に就労に向けた施設が充実し、生徒たちは明るく、元気で、社会生活を営んでいくうえでの教育もしっかりとなされているように感じた。平成27(2015)年度に卒業する一期生を、現場実習を活用し、何名か雇用したいと検討している。
(2)職場配置
職場配置は、実際に学校の現場実習で行っていた職場を基本とし、業務の中でお客と接する機会が少なく、単純作業で、自分である程度状況判断のできる職場に配置している。
(3)取組の内容と効果
- ア.調理部洗い場係での障害者雇用平成24(2012)年の知的障害者の新卒採用は、平成23(2011)年、養護学校からの現場実習の受入れ依頼があったことから始まった。受入れに当たって、どういう職場が適しているか検討した結果、調理部洗い場係が良いのではないかと判断して、同職場での現場実習を開始した。その頃の、調理部洗い場係では、所属する9名全員が高年齢者であり、平均年齢が68歳であった。高年齢者しかいない職場ということで、活気もなく、士気も下がり、作業効率も決して高いとはいえず、水周り作業や比較的重量物を運搬する作業もあり、身体的負担も多い職場であった。
1年に2~3回の現場実習を重ねた結果、作業状態は良好で、職場の人たちとも円滑にコミュニケーションがとれていたので、新しい取組として平成24(2012)年に新卒者Aさんを正式に雇用し、調理部洗い場係に短時間労働者(5時間/日)として配属した。 Aさんは今では、入社から2年8ヶ月となり、日々の業務は順調にこなし、私生活面においては旅行に出かけたり、原付免許を取得するなど充実した毎日を過ごしている。
短時間のパートで月24日の勤務、入社以来一度も遅刻せず業務に励むAさんで、知的障がい者の職務実績ができたので、平成25(2013)年においても、Aさんが卒業した養護学校から3名の新卒者を短時間労働者として採用し、そのうちの2名をAさんと同じ調理部洗い場係に配属した。Aさんを配属した時の調理部洗い場係では、平均年齢68歳と高齢であったが、新たに障がい者を2名配属したので、一気に平均年齢56歳と12歳も職場が若返った。この若返りが洗い場係に良い効果をもたらし、職場に活気が戻り、重量物の持ち運びを若年者に担当させることにより、生産性が向上すると共に高年齢者の身体的負担の軽減へとつながった。
さらに高年齢者社員にとって、孫世代のような若年者と接し、指導することの喜びと、その成果を感じることで、働きがいを実感できると共に、障がい者に対する認識も深まり、高年齢者と障がい者がともに助け合い、刺激しあう共生の空間が生まれた。
![]() 洗い場作業 | ![]() 洗い場作業 |
- イ.営業部サービス係と管理部での障害者雇用2名はこのようにAさんにより実績を作った調理部洗い場係に配属したが、平成25(2013)年に採用した3名のうちの1名になるBさんは、新しい試みとして客室の片付けなどを行う職場(営業部サービス係)に配属した。
この職場はお客に接する機会が少しあるが、Bさんの挨拶や笑顔はさわやかなので、お客に接したときの対応についての心配はしなかったが、養護学校時代に2~3回の現場実習を行っていた実績があるとはいえ、実際の業務は種類が多く、かつ作業時間に追われる業務なので不安が残り、鳥取障害者職業センターのジョブコーチ支援を前提に決断した。
ジョブコーチの支援をうけ、6ヵ月後にはなんとか業務を遂行できるようになるとともに、並行してジョブコーチの助言を受けながら、職務の定型作業を洗い出し、作業方法・順番・頻度・時間帯・難易度等を整理し、1日の定型作業マニュアルを完成させた。これにより、その後の新人導入時でもスムーズに対応できるようになった。
また、平成26(2014)年度には、「できることは何か」「適した職務は何か」という視点で検討した結果、新たに産業廃棄物を分別している職場(管理部)への配属を決め、同養護学校の在校生を受け入れて12日間現場実習を行った。思いのほか作業スピードが速く、真剣に、まじめに、黙々と作業を行っていた。
このように障がいのない人が従事している職務を整理・分担し、障がい者の新しい職務を切り出すことができた。
![]() 実習風景(管理部) |
4. 今後の展望と課題
今後においても、企業の社会的責任の上、地域貢献、人権問題を含めた事業活動を行っていく中で、障がい者雇用にも一層積極的に取り組んでいきたい。障がい者が適応できる職場を模索して現場実習制度、トライアル雇用制度などを活用し雇用につなげたいと考えている。
課題としては、入社後の職場定着である。社員はもとより、家族、学校や就労支援事業者等とも連絡を密にして定着を心がけているが、現実には退職者が発生している。
退職理由としては、仕事への甘え、自分の目標ができたこと、障がいの状態の変化、人間関係等いろいろあるが、企業側にはできるだけ長く勤められるような環境づくりを構築することが、より必要とされているのではないかと考えている。
当社の障害者雇用の担当者は鳥取高齢・障害者雇用支援センター主催の障害者職業生活相談員資格認定講習を受講し、障がい者の職場適応の向上を図るとともに、平成26(2014)年12月には就労支援の強化を推進するため、とっとり障がい者職場定着推進センターへ定着支援を依頼した。
これらにより、職場定着をより一層推進できるように努めたいと考えている。
執筆者: | 株式会社皆生グランドホテル総務課長 小瀧 一郎 |
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