地域に根ざした医療機関の地域の人々につながる雇用
- 事業所名
- 医療法人蘇春堂 球磨病院
- 所在地
- 熊本県人吉市
- 事業内容
- 医療機関
- 従業員数
- 207名(球磨病院 平成26(2014)年9月25日現在)
- うち障害者数
- 4名(平成26(2014)年9月25日現在)
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 3 医師、介護ヘルパー、総務 内部障害 1 介護ヘルパー 知的障害 精神障害 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - この事例の対象となる障害
- 肢体不自由
内部障害
難病 - 目次
![]() 球磨病院外観 |
1. 事業所の概要
(1)事業所の概要
医療法人蘇春堂球磨病院は、熊本県人吉市の中核病院である。医療法人蘇春堂は昭和35(1960)年に設立。その起源は明治10(1877)年西南の役で蘇春堂創業者谷口孝忠太医師が薩摩西南軍の軍医であったことに遡る。球磨病院も大正3(1914)年に開設された。
現在、医療法人蘇春堂(以下「蘇春堂」)には基幹病院である球磨病院(二次救急病院)を中心に、光生病院(精神科・神経科)、人吉中央温泉病院(指定介護療養型医療施設、リハビリテーション、透析センター)、球磨村診療所(無床診療所)など4つの病院・診療所がある。
平成23(2011)年、蘇春堂は熊本市において複数の病院を運営する医療法人朝日野会の系列となった。これを機に、地域医療の役割に加えて更なる高度化や多機能化を進めている。例えば、平成24(2012)年の地域連携室の創設、平成26(2014)年の健診センターの開設や耳鼻咽喉科、脳神経外科及び婦人科の開設等はそのような姿勢を示すものである。
(2)地域の現状と今後について
地方都市の例にもれず、人吉市も過疎化・高齢化が進んでおり、老々介護等も多く見られる。当然ながら球磨病院(以下「当病院」)においても、外来・入院ともに高齢者の割合が非常に高くなっており、高齢化進行の中、中核病院である当病院への依存度は高く、地域の期待も日増しに大きくなっている。
これらに応えるべく、平成26(2014)年の6月には健診センターを開設、これまでの市民健診、企業健診等に加え、協会けんぽの健診受け入れも開始した。さらに同月、リハビリを目的とした60日型の入院を受け入れる地域包括ケア病棟が新たに認可を受けた。
治療だけではなく、予防、健康づくりへ、さらに予後のリハビリや介護へと当病院は、これからも、さらに地域にとって無くてはならない医療機関となるべく、より高度で優しい医療の質を高めていきたいと考えている。
2. 障害者雇用の現状
(1)障害者の配置と従事業務
蘇春堂での障害者雇用数は10名である。うち、当病院では4名で、全員身体障害者手帳を所持している。4名の障害内容と従事業務は下記のとおりである。
- ドクター1名(肢体不自由):股関節に障害を持ち、両手に杖が必要なので、歩行には苦労を伴うが、外来診療、病棟の回診も行う等積極的に勤務を行っている。
- 介護ヘルパー2名(内部障害・肢体不自由):療養病棟で勤務している。
- 総務スタッフ1名(肢体不自由):勤務年数が13年になる。
(2)障害者雇用の経緯と今後
一般的に言って、医療機関の場合、障害者雇用が困難であるというケースが少なくない。医療機関においては夜勤や肉体労働等、身体に負荷がかかる業務が多いからである。また、本来医療機関では患者という身体的な弱者に対応しなければならず、自然、医療スタッフには頑健な身体が求められることが当たり前になっている。さらに、カルテの電子化等が進み、障害の有無が障壁にならない事務職そのものの業務量が減少しているのも、障害者雇用を難しくしている要因のひとつとなっている。
このような環境にあっても、当病院が障害者雇用に取組み続けていることは明確な意志がある証しである。
蘇春堂は平成23(2011)年12月に、熊本市に複数の総合病院を有する医療法人朝日野会の系列に加わった。経営の体制が変わり、人事も朝日野会本部の決裁が必要となったが、採用に関しては蘇春堂の判断が尊重され、現場の判断が覆されることはほとんどない。むしろ、障害者雇用に関しては、以前よりもさらに積極的になっており、必要な人材であれば障害の有無や内容について問題とされるようなことはないという。
このような採用への姿勢は今後も引き継がれ、さらに時代に適応したものに変遷していくのではないかと、当病院では考えている。
3. 取組の内容
当病院がどのように障害者雇用を行っているか、それは個々の対策や工夫を取り上げるよりも、ケースごとに見ていった方が適切であると思われる。というのも、それぞれの人材に対してどのように接したのかが重要だと思われるからである。なお、当病院以外の病院で働くケースも紹介する。
(1)介護ヘルパーでの雇用
ア.Aさん[中途採用・内部障害]
介護スタッフとして働きたいと求人に応募してきたAさんは、重い病気を抱えていたのだが採用となった。Aさんに合わせた勤務時間が設定され、本来介護スタッフの場合は夜勤があるのだが、夜勤のない勤務形態も認められた。また、水曜日には治療を受けるということで水曜日を休日にした。このような事例に、本人の状況によって柔軟な雇用を行うという当病院の採用に関する基本姿勢が示されている。
当病院の障害者雇用にとって、蘇春堂というグループがあることは有利に働いている。多様な職場があるので、本人に合った適材適所を考えていきやすいからである。実際に、ある職場(職種)でうまくいかなくて配置転換したらうまくいったという例は少なくない。
イ.Bさん[復職・下肢障害]
Bさんはもともと当病院に介護スタッフとして勤務していたが、障害を発症して手術を受け、1年間の休職の後に復職したいと申し出た。しかし、重度の障害が残り、患者の身体を抱えるような業務は行うことができない。
できるだけ今まで勤務していた職場で働きたいという本人の希望を尊重し、看護師長及び介護のリーダー達が話し合い、朝日野会本部にも伝え、介護ヘルパーとしてではあるが入浴前後の衣服の着脱など比較的軽い作業を担当してもらうということで了承を得た。
また、更衣室やエレベーター等施設利用についても柔軟な配慮が行われている。当病院の場合、介護ヘルパーの更衣室は管理棟の3階にある。当然、エレベーターを使用することになるが、介護ヘルパーが出勤する8時半にはまだ管理棟のエレベーターが動いていない。そこで、Bさんの場合は病棟の更衣室を使えるように配慮してある。病棟のエレベーターは常に使用できるし、施設間の移動もせずに済むからである。
介護ヘルパーの業務には肉体的な負荷が高いものが含まれる。したがって、新規採用にあたって重度の障害を負った人を選ぶことはほとんどないだろう。しかし、Bさんの場合はもともと介護職として本施設で働いていて、その後、障害を負ったという経緯があった。その職場復帰をサポートしていきたいという病院側の優しさが、雇用の継続、そして働き方への配慮といったことに反映されているのだと言える。
「長く一緒に働いていた仲間だから、という意識はあるのかもしれませんね。復職される際にはけっこう考えましたけど、働きたいという仲間にダメと言うような残酷なことはしたくない。可能な限り、本人の意を汲んであげたいと思いますね」と看護部長は語る。
しかし、組織としての判断だけではこのような対応はうまくいかない。一緒に働く同僚たちの理解や協力がなければ仕事を続けていくことはできないだろう。
「復職した当時は久しぶりの仕事で大変だったと思いますが、今は周りの協力もあり、身体も慣れてきたようですね。職場に溶けこんでおられるのが分かります。互いにサポートし合うという想いが周りのスタッフ達の中にも共有されているのではないですかね」と看護部長。
ウ.Cさん[新規採用・内部疾患]
光生病院に勤務しているCさん(男性・介護ヘルパー)の場合は、内部疾患(難病)を羅患しており、週1回は病院で治療を受けなければならない。本来なら仕事ができる状態ではなかったのだが、本人に「介護の仕事をしたい」という強い意志があり、病院として雇用を決めた。
最初は「人並みには働けないので、仕事を休むことも多くなるだろう」ということであったが、勤務し始めてみると、週1回の治療以外に休むこともないので、支障なく働くことができている。また治療のための休日の代わりに土曜日に出勤するなどして、週40時間は勤務できているという。
(2)総務スタッフでの雇用[Dさん 新規採用・肢体不自由]
Dさんは当病院が改築された13年前(平成13(2001)年)に採用された。以来、総務で働いてきたが、職場に恵まれてきたと感謝している。
Dさんは次のように語る。
「職員駐車場は歩いて10分ほどのちょっと遠くにあるのですが、足が悪いので配慮していただき、特例的に近接した駐車場を使ってもよいことにしていただきました。職場の雰囲気もよく、みんな温かいですね。また、まわりの皆さんの配慮もありがたいのですが、障害を持つ側から『自分はこの作業ができないから、こういうふうに手伝ってほしい』といった意見を、当病院では正直に言うことができるのが素晴らしいです。きちんとした意志を持って、きちんと伝えることができる職場環境があるというのは、とてもいいことだと思いますね。」
(3)子育て中の若いお母さんの雇用(障害のない方、Eさん、看護助手)
Eさんの場合は障害者ではなく、幼児を育てる子育て中の若いお母さんである。しかし、あえてここで取り上げておきたいのは、障害者支援と子育て支援は社会的弱者へのサポートという意味でつながっており、当病院においては正に同様の柔軟さと配慮をもって雇用が捉えられていると考えるからである。
Eさんは、ハローワークの求人募集(看護助手)に応募したのだが、まだ子供が生後2ヶ月だというので一度不採用となった。実際、同じ職種に多くの人が応募してきており、そのEさんのようなケースでは無理からぬ判断であろう。
普通ならそこで終わるはずなのだが、それを聞いた本部から現場に「なんとか働ける場を探してみて」という指示が来た。現場でも「小さい子供を抱えてでは難しいのではないか。子供が病気になった時の対応等もあるし・・・」と心配する声があったが、本部からは「やってみなければ分からない」という返事。結局、採用となり、現在も問題なく働き続けている。事実、「やってみなければわからなかった」のである。
当病院では今年もまた1名、生後6ヶ月の子供を持った女性を、適材適所に配慮し採用している。子育て中の若いお母さんを支援するということは、子育てと就労が相反することではないことを示すことであり、やがて子育てが落ち着いた後も見据えてしっかりと働ける人を育てるということでもある。人を雇用するということは決して一時期の関係ではなく長く続くものだという考えが、ここには定着している。
![]() 球磨病院ナースステーション |
![]() 球磨病院総務部 |
4. まとめ:弱者への支援の心と地域に根ざした医療
医療法人蘇春堂や同朝日野会における雇用の考え方とその実践ぶりをみていくと、経営姿勢として、子育て支援、障害者支援という視点をしっかり持っているということがよく分かる。求人している職種に適合しないのであれば採用しないのが「ふつう」である。あえて「その人が働ける場所を探す」というのは、明確な意識がなければ実行できない。
組織にこのような姿勢があると、「働く側の意識も変わっていく」と看護部長は言う。子育てをしている女性や障害を持った人が働ける場所がどこかにないか、意識的に探してみるようになる。実際には働き始めても合わずに辞めていく人もいる。でも、やってみなければ分からない。最初から「この人には無理だ」と思い込まないようにする。これは個人にとっては大きな意識の変化であるし、このように個人の意識を変えていく組織運営のあり方にあらためて驚かされる。
そこにあるものとは、冒頭に述べたように、医療法人蘇春堂や同朝日野会にある地域の中核病院としての役割意識であろう。つまり「地域に根ざす」という認識であり、「地域の人々との関係を大事にし、その関係を基礎としてこそ役割を果たしうる」という認識である。このような地域コミュニティを大切にする事業体において、「雇用」とは地域の人々とつながる上での要である。
地域の中核病院であろうとする当病院にとって、地域の雇用を大切にしていこうという姿勢は基本的なものであって、組織の体質といってもよい。これが当病院の障害者雇用をごく自然で柔軟なものにしている要因なのだと思われる。そして、球磨病院及び蘇春堂、人吉市の市民にとって幸運であったのは、新たな経営母体となった医療法人朝日野会もまた同じ基本姿勢を持っていたことである。
執筆者: | 株式会社エアーズ 森 克彰 |
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