事業所外観

1．事業所の概要、障害者雇用の経緯

（1）事業所の概要

昭和26（1951）年に創業し、現在に至るまで、日本のステンレス業界発展の歴史において、技術開発を事業の原点として独自で諸設備を具現化し、メーカー・ユーザーのニーズに対応してきた。札幌工場（現：手稲）は昭和38（1963）年に設立され、平成18（2006）年には第二工場（発寒）でも事業が開始された。

目指すところは、ステンレス鋼等の研磨の分野において、その技術を継続しつつも革新していく、パイオニア的存在としてあり続けることが必要と思います。

研磨は、素材が表現しうる特性を最大限に引き出し、機能性・耐食性をも高めることで、付加価値の向上に寄与している。美しい光沢が出るだけでなく、表面が滑らかであるためにゴミ等の異物や水分の停滞を減らし、それが発錆を極端に減らすことに貢献するなど、パフォーマンスの向上にもつながっている。

東京や千葉、福岡の工場は雇用規模も大きく障害者を雇用しているが、札幌工場でも障害者を1名程度雇用したいと考えていた。

今回が札幌では初めての雇用となったが、工場長は以前から雇用を通した社会貢献をしていきたいとの考えで、障害者に限らず生活に困難を抱えた人の受入れにも理解を示している。

（2）障害者雇用の経緯

障害者（難病患者）の採用枠として、特別に設けていたわけではなく、ハローワークから求職者の紹介があった中で本人との面接を行った。本人の身体状況について、耳が聞こえづらいということなどの確認をしたが、業務に大きな影響はないと判断し採用した。採用後にその要因が難病によるものであることがわかったが、そのこと自体は特に対応が必要な問題とは認識せず、業務に対するやる気や業務遂行能力などを重視していた。

A氏を受け入れるまでは、障害者雇用や関連する制度についてほとんど意識しておらず、受け入れてからハローワークの難病患者就職サポーターから助成金制度等の情報を得て、その活用など行っている。

2．A氏の状況と職場環境

（1）A氏の難病の状況

平成26（2014）年10月に発症し、遅発性内リンパ水腫との診断を受けている。症状としては左耳が聞こえず、右耳も聴力はやや低下している。体調や音源の数、音の高さなどによっても聞き取りにくいことがある。めまい症状も見られる病気であるが、現在は業務中に起こることはなく安定している。また、ストレスがめまいを引き起こしやすくするとも言われ、生活環境を改善してストレスの軽減に努めている。加えて、就業後でも受診できる病院に定期通院して服薬を継続している。

（2）職場の配置について

工場は、手稲と発寒の2か所にあるが、現在の配置は発寒の第二工場となっている。こちらでの主な作業内容は2人ペアとなり、バフをかけて研磨する機械のオペレーティングなどである。初任者は基本的な作業内容の配置から業務スキルを高めていき、様々なものに従事するようになる。現在は、後輩の指導にも積極的に当たっている。

2人ペアでの作業という意味ではコミュニケ—ションの取りやすさへの一定の配慮が含まれつつも、どの従業員にも共通するユニバーサルな流れとして業務配置が行われている。一方で、手稲の工場ではグループでのライン型の作業であり、熟練したスキルと連携が必要な作業となるため、業務内容によっては、個々の状況に合わせた配置調整も行われている。

A氏が働く職場（工場内）

研磨作業を行っているA氏

（3）受入態勢の準備について

障害（難病）を意識した特別な受入準備については行っていないが、採用後に追加や更新していく物的環境（機器、設備等）については、過剰な負担にならない範囲で、より働きやすくなるような配慮を行っている。例えば、フォークリフトが構内を移動する際は、その移動音で危険を察知することが多いが、A氏は音が十分に聞こえず、気付かない場合が考えられる。このように大型機械などが動く作業構内は危険を伴う環境である。そこで、少しでも安全に業務に取り組めるようフォークリフトを更新した際にパトランプを装着して、音だけではなく視覚的に危険回避につながるような環境整備の配慮を行った。こうした対応は、本人だけではなく、従業員全体にも有効である。

また、作業マニュアルに関しても既に視覚化されたものがあり、口頭伝達だけではなくその活用も行っているとのことである。

（4）職場定着に向けた取り組み

元々の業務自体が危険を伴うため、体調不良等の場合は無理をしないよう従業員全体に伝えられている。A氏の病状としてめまいなどもあるが、他の従業員と同様の対応で十分な効果が発揮され、雇用されてからほとんど出ていないとのことである。体調不良の場合は休憩や早退等の対応も可能と伝えられている安心した体制の下で働くことが、ストレスの軽減にもつながっていると考えられる。

さらに、コミュニケーションを大切にしている事業所であり、業務時間の他に親睦会や職場外との交流の機会を積極的に設けている。こうした機会が、従業員がよりお互いを知る機会として有効に機能している。特に中小規模の事業所の場合は毎日顔を合わせて業務に取り組むことが多いため、このような機会を利用して、良い関係を深めていくことも大切である。難病は同じ病名でも一人ひとりその症状が異なり、さらにはその状態が変化するため、症状の理解が必要であるが、取組を通じてA氏に対する理解が深まり、近くまで来て声をかけるなどといった配慮がより自然に行われ、人的環境整備としての力を発揮している。

（5）今後のキャリア形成に向けた配慮

現段階では特に個別的配慮は設定していないが、視点を変えてみると、難病を理由にキャリア形成の機会やチャンスを奪っていないということになる。キャリア形成や資格取得に向けた取組機会については他の従業員と同様に保障されている。

研磨での音の変化を見極めて行う作業などに関しては、聞き取りにくさによる課題も考えられるが、挑戦する機会や配置について検討できる状態となっている。

3．雇用の効果と本人のコメント

（1）雇用の効果

機械音の中で作業を行う職場環境であり、機械による危険も多く伴う。危険回避のためには、注意喚起や意思疎通について、大きな声でコミュニケーションをとっていくことも重要である。これまでも従業員に対して大きな声を意識するように伝えてきたが、今回の雇用を機に、今までよりも自然に声を大きく出して、コミュニケーションがとられるようになってきた。A氏の雇用によって、危機管理を含む職員間のコミュニケーションについて有意な効果が得られたとのことである。

（2）本人のコメント

この職場を希望した理由として、以前から興味を持っていた職業であったこと、耳が聞こえにくいことから人と関わる仕事が難しいと感じたこと、めまいの関係からこれまで行っていた配送業（運転業務）も不安があったことが挙げられた。

研磨等の作業は大きな音の中で行うため、耳栓を使用している人もいるが、A氏は装着しないで作業している。音の影響で、両方の耳が聞こえなくなる不安も残されるが、興味のあった仕事であり、発病後もまた仕事ができることにやりがいや幸せを感じている。また、良い意味で本人自身「難病患者」であるとの認識は少なく、一従業員として楽しく業務に取り組むことができているとのことである。

4．ユニバーサルな職場環境

職場環境自体が本人の能力や障害（難病）の状況とマッチしている場合、特別な配慮を提供せずとも、働きやすい職場環境となる。さらには障害がある人だけではなく、人的、物的にユニバーサルな職場環境（基礎的な環境が整っている）であればスムーズに雇用に結びつき、また定着していくことがよく分かる事例である。

併せて、難病ということだけで判断するのではなく、難病による症状等を理解し、何ができて何が難しいのか、さらにどのような配慮があれば業務ができるのかといった点にも視線を向けることで、限られた資源を有効に活用していくことは十分に可能である。

職場全体として働きやすいといったユニバーサルな視点も持つことが障害者の働きやすい環境につながっていくのであろう。

執筆者：北海道医療大学 看護福祉学部
助教 近藤 尚也