事業所外観

1．事業所の概要

「合同会社 はあとtoはあと」は、岩手県二戸市を拠点に農業事業を展開する事業所として平成25（2013）年に設立し、平成26（2014）年より就労継続支援A型（定員10名）、同B型（定員10名）の多機能型事業所の「彩園」を運営している。

二戸地域の基幹産業は農業だが、高齢化や後継者不足等の問題で人手が足りず、廃業や縮小を余儀なくされる農家も少なくない。その一方で、地域で暮らす障害者は就労・自立を目指して働きたくても働く場所がないという現状がある。この二つをマッチングさせることで地域農業の活性化と障害者雇用の場の創出を実現し「誰もが地域の『人財』であることに気づく取組をしたい」という思いがあったこと、また近隣の農家から「サポートするからやってみたら」と後押しされたことが事業所を立ち上げるきっかけになった。

会社組織として、ゆくゆくは農業事業を幅広く展開していきたいと考えているが、現在は障害福祉サービスを提供する「彩園」の運営が事業の中心となっている。同じ市内に1.2ヘクタールの自社農園を持ち、就労継続支援A型及びB型事業所（以下、「A型」、「B型」という。）に通う利用者がネギやピーマン、トマトなど農作物の生産を手がけているほか、依頼があれば二戸地域の農家・農業法人の農作業手伝いなども行っている。就労プログラムの一つとして農作業を取り入れている障害福祉サービス事業所は多いが、自前で畑を持ち、農業を主軸に就労支援を行っている事業所は、岩手ではまだ珍しいという。

はあとtoはあと事務所内観

2．障害者雇用の経緯

「合同会社はあとtoはあと」が雇用している従業員は13名、うち障害者は、正職員が1名、A型の利用者として雇用契約を結んでいる6名の計7名である。

正職員として働いている40代の男性は、以前、介護事業所に勤務し管理職に就いていたが、数年前に身体に「類上皮細胞肉芽腫」（肉のかたまりのような組織）ができる「サルコイドーシス」という難病を発症し、従来の仕事を続けることが難しくなり転職を考えていたときに、知人から当事業所を紹介されたことが縁となり「彩園」の支援員として雇用された。

A型の利用者として通う6名は、知的障害者が2名（30代男性、50代男性）に、精神障害者（40代女性）、発達障害者（30代男性）、高次脳機能障害者（40代女性）、神経系の難病患者（40代時男性）がそれぞれ1名ずつである。全員が二戸圏域で障害者の就労支援を行っている「社会福祉法人カシオペア障連」の利用者で、同法人から当事業所での募集を知り、ハローワークを介して応募した。面接等の選考を経て雇用契約を結び、給料を受け取りながら一般就労を目指す農業プログラムに取り組んでいる。

3．仕事の内容

（1）正職員（1名）の場合

「彩園」の支援員として勤務している。難病により歩行時等には杖を使っているが、基本的に身の回りのことは自分ででき、特別な介助は不要である。ほかの正職員と同様に週休2日制で、1日8時間勤務をしている。デスクワークも多少あるが、自社農園での就労指導（農作業）が主な業務で、管理職を務めていた経験も生かしながら、一般就労を目指すA型及びB型利用者のスキル向上のためのサポートを行っている。

（2）A型の雇用契約を結んでいる利用者（6名）の場合

仕事内容は基本的に農作業である。A型の利用者6名に加え、雇用契約のないB型の利用者9名も一緒に作業を行っている。自社農園でネギ、ピーマン、トマトなどの農作物を育てているほか、依頼のあった地域の農家・農業法人へ出向いて作業の手伝いをすることもある。基本的には1日4時間勤務だが、農繁期等にはそれよりも長く働くときもある。また事業所への通勤手段は、送迎車の利用と自家用車での通勤が半分ずつである。基本的な作業担当は決められているが、作業内容はその日の天候、収穫時期等によって変動することも多い。

自社農園の一部（ネギ畑）

自社農園の一部（ビニルハウス）

市内の農業法人でにんにくの選別作業

4．取組と成果

合同会社はあとtoはあとの自社農園は、事務所から車でおよそ5分、金田一温泉郷に隣接したエリアにある。1.2ヘクタールの広さがあり、難病や身体的な障害がある人も作業がしやすいよう、畝と畝の間の幅を広くしているのが特徴である。栽培しているのはネギ、ピーマン、トマト等で、支援員のほか、近隣の農家の人たちにも教わりながら農作業に取組んでいる。

「ここで働いている方々は、性別や年代、障害の種類もそれぞれですが、畑の中ではそういった『違い』をあまり感じません。」と話すのは、管理者兼サービス管理責任者の荒谷潤一さん。歩く際に杖が必要だったり、急な変更への対応が苦手、思いどおりにいかないとパニックを起こす、感情の波をコントロールできないなど、障害の有無やその種類、性格によって一人ひとり「特性」はあるが、広い畑で作業しているとそれがあまり気にならなくなるのだと言う。加えて、荒谷さんは次のように話す。

「農業は自然が相手、天候によってその日の作業が変わったり、同じように育てても形が不揃いになってしまったり、自分の思うとおりにはいかないことの連続です。でも本人たちは特にパニックを起こすことなどもなく自分なりに受け入れているようで、太陽の下で野菜を育てることが、心の安定や成長にもつながっていると感じています」

それを示しているのがA型利用者の出勤率の高さである。6名の平均出勤率は97%以上ととても高く、病欠以外の欠勤がほとんどない（参考までに、B型利用者の出勤率も90%以上）。体力勝負の農作業は決して楽ではないはずだが、育てた作物を収穫することが達成感につながること、トラクターの免許など、持っている資格や経験をいかして働けること、自社内の勉強会や地域の講習会に参加しスキルアップを図れるといった環境づくりがやりがいと責任感につながり、高い出勤率に反映されているだろう。

また、ここでは自社農園での作業のほかにも、地域の農家や農業法人に出向き、選別や出荷などの作業を手伝うこともある。当初は障害者に仕事を依頼することに対して少なからず不安があったようだが、今では真面目でていねいな仕事ぶりを高く評価してもらっている。

こうした日々の作業内容や役割分担は特に固定されておらず、その日によって流動的で、途中で別の作業をお願いすることもある。知的障害や発達障害のある人にとって、急な予定変更は苦手なことだと言われているが、「今日は天気が悪いから」「ピーマンがたくさん採れたから」など「誰のせいでもない（だから仕方がない）」理由があると受け入れてもらいやすいと言う。また、作業に煮詰まりパニックを起こしそうな人には、違う場所で違う作業をしてもらうなど、さりげなく気分転換ができるように対応している。

「一人ひとり特性があったり、日によって調子の良し悪しがあるのはあたりまえ。何かに直面したときに、少し距離をおけるような『逃げ場』があればいい」と荒谷さんは語る。

課題と目標をみんなで共有するワークショップ

5．課題と展望

現在の一番の課題は収入の安定である。

農園で手がけている農作物の一部はJAなどに出荷しているが、大きさや色など規格外のものは引き取ってもらえず、売り上げにつながらない。販路を拡大していくのはもちろんのこと、こうした「流通に乗らない商品」をどういかし、販売につなげていくかが今後重要となってくる。

「作っているだけで売る先がない、というのはうちの事業所だけでなく、この地域全体の課題でもあります。農業で地域の活性化と障害者の自立を実現するためには、事業所単位ではなく地域単位でこの問題を考えていくことが必要です。」と荒谷さん。今後の取組として、規格外農作物を活用した6次化商品の開発や販売、地域で作られた農作物の出荷加工代理なども手がけていけたら、と語る。

6．障害者雇用を検討する企業へのアドバイス

「障害のある人も、誰かの役に立ちたいという気持ちを持っている。また、持っている能力や可能性もそれぞれ違う。先入観でその人の可能性を閉じ込めていてはもったいない。」と語る荒谷さん。

そして、「『障害者』とひとくくりにするのではなく、一人ひとりが持つ能力や可能性に目を向けてほしい。障害のない人と同じ仕事量や時間で働くことは難しいかもしれないが、仕事の能力を図る単位は時間や量だけではないはず。特に精神障害者には高いスキルを持っている人が多く、会社がどんな人材や能力を求めているかをしっかりと見据えれば『障害がある』ということは問題にはならないと思う。」と話してくれた。

執筆者：編集者・ライター　鈴木　いづみ