事業所外観

1．事業所の概要、障害者雇用（難病患者）の経緯

（1）事業所の概要

大正13（1924）年、「森豆腐店」を創業。昭和36（1961）年、二代目が分店し「森徳とうふ店」を創業。昭和48（1973）年、仙台で「ざる豆腐」の普及活動を開始する。平成元（1989）年に三代目森　新一氏（現　株式会社　まちの豆腐屋プロジェクト専務取締役）が家業に従事する。その後昭和58（1983）年に製造開始した「青ばた大豆もめん豆腐」が全国誌（婦人画報）等で東北の味として紹介され、「青ばた豆腐」が全国に普及していく。

知的障害者施設「社会福祉法人はらから福祉会」に豆腐の技術指導を行ったことをきっかけに、平成19（2007）年、豆乳から製造できる「手づくり豆腐工房事業」を考案した。

平成21（2009）年、障害者雇用の開始とともに移動販売事業に進出する。また同年、全国の障害者施設への豆乳の供給を始めている。

（2）障害者雇用（難病患者）の経緯

三代目森　新一氏は、平成16（2004）年に行った知的障害者施設「社会福祉法人はらから福祉会」への豆腐づくりの技術指導をきっかけに、平成18（2006）年「社会福祉法人はらから福祉会」の法人本部授産部長（正職員）に就任し、以後平成21（2011）年まで5年間勤務する。その間、豆乳から製造できる「手づくり豆腐工房事業」を考案し、全国45ヶ所の障害者施設に普及させ、障害者の工賃倍増計画に貢献した。

「社会福祉法人はらから福祉会」で出会った「ダウン症」の方々の力になりたい、一般就労に向け応援したいとの気持ちが高まり、平成21（2009）年「森徳とうふ店」（仙台市太白区）で障害者雇用を開始し移動販売事業を興した。

その後涌谷地方に江戸時代から続く伝統の「おぼろ豆腐」の復活を依頼され、平成23（2011）年、宮城県遠田郡涌谷町に「株式会社まちの豆腐屋プロジェクト」を設立し「おぼろ豆腐」の復活と合わせ、更なる障害者雇用に向け取組を開始する。

東日本大震災後、難病（脊髄小脳変性症）のある方で雇止めになった人がいるが雇用できないかとの問合せがハローワーク古川からあり、ア　働く意欲があること、イ　店まで通えること、ウ　立ち仕事ができることなどを面接で確認し、初めて難病患者（脊髄小脳変性症）のAさんを採用した。

2．取組の内容と効果

（1）取組の内容

ア　募集・採用

ハローワーク古川と連携し障害者の採用を進めている。平成23（2011）年に初めて難病患者Aさんを採用し、現在難病患者の雇用は全体で3名（いずれも脊髄小脳変性症）となっている。

イ　難病（脊髄小脳変性症）の理解

難病患者の雇用は初めての経験であり、また森専務自身「脊髄小脳変性症」についての知識がなかった。まず取り組んだのが「脊髄小脳変性症」について、どんな病気なのか、どんな症状の出現が予想されるのか、どんな経過をたどるのかなど心理的側面も含め各方面から情報を収集し理解を深めることであった。

「脊髄小脳変性症」は、突然発症し運動失調（歩行のふらつき、・手がうまく使えない、しゃべるときに舌がもつれるなど）を主症状とした神経性疾患でとても緩やかに進行して急に悪化することはない病気である。

また、心理的問題として、難病に罹患することは身体的能力を失うだけに留まらず、仕事や家庭内の役割の喪失、今までの生活スタイルの喪失など、喪失体験の連続につながっていく。そのような状況におかれれば、うつ状態に陥ったり、意欲の低下、思考の低下、イライラ、不安感情などが心理的変化として認められる。こうした様々な心理的問題が行動に表れてくると考えることがAさんの行動を理解する上で大切になってくる。

そして、社会的問題として、病気の進行に伴い生活障害が出現してくると就労といった社会活動に制限が出てくる。休職や退職を余儀なくされると収入源が絶たれることになり、経済面の問題へと発展する。また、社会参加の機会が乏しくなることから、人間関係の範囲・交流も自然と縮小していくことになることが考えられる。このような難病患者の抱える心理・社会的問題についても理解を深め、Aさんへの対応や職場環境づくりの参考にした。

ウ　難病患者を雇用していく視点

雇用を検討する段階から、難病患者が今後どんな症状が出現するかを想定し、あらかじめ症状に対応した業務の切り出しを考えておくことが最も重要であると考えている。

エ　採用に向けての課題抽出と配慮

（ア）作業場の改善：以前事務所として使われていた建物を改築し使っているためバリアフリーになっていなかった。そこで、1階の作業場は本人や家族の意見を聞き、段差を解消するために手作りでコンクリート敷設し手すりを設置することで安全に作業できる環境を整えた。

ただ、2階事務室や休憩室は階段の上り下りが必要なため、現状ではAさんが利用するのは難しい環境になっている。

（イ）従業員間の理解促進：障害者（知的障害者・精神障害者・身体障害者）が多く働く職場であるが、森専務が難病患者Aさんの病気や症状、将来的にどのような経過をたどるのかなどを従業員に繰り返し説明し、話し合い、Aさんへの理解を深めていった。

（ウ）定期的受診：現在は病気の進行を止める治療法は確立されてはないが、症状を和らげる対症療法による定期的な受診が必要となっている。定期通院については基本的に有給休暇で対応している。

オ　難病患者の業務・職場配置

Aさんの当初の業務は油揚げの包装からスタートした。Aさんの症状が進行し握力の低下や立ち仕事がきつくなってきたため、現在はいすに座ってできる仕事（豆腐へのラベル貼り）を行っている。

カ　精神面のフォロー

• Aさんは精神科にも定期的に通院し様々な相談を行い、その内容に応じ会社へ報告をしている。
• Aさんと森専務とはLINEを活用し随時相談を行っている。また、家族からもAさんの症状等が変化したときには連絡が会社あてに入るような連絡体制を整えている。

作業風景

3．今後の展望と課題

Aさんは26歳のときに突然発症したため、自分が今のところ原因不明で完治不能な難病に罹患した事実を受け入れることができないでいる。そのため、強いストレスを抱え、職場内で他の障害のある従業員に対してキツイ口調で対応し人間関係がギクシャクとしてしまうことがあった。

森専務は難病患者が持つ心理的要因が行動に及ぼす影響を考慮しながらAさんと向き合い、そして一緒に働く他の従業員等の気持ちを率直に伝え、他の障害のある従業員に対してもAさんの状態を伝え、お互いが理解し合えるようにしている。

人間が何か大きな困難に直面した後の気持ちの整理を進めていく作業を、米国心理学者ウォーデンはア　現実を認める、イ　こころの痛みをしっかり感じていく、ウ　以前と変わった状況や環境に適応していく、エ　直面した困難な気持ちの置き場所を確保して新しい人生を歩んでいく、という「4つの課題」としてまとめている。

Aさんも徐々にではあるが、難病に罹患した事実を受け入れ、変化した状況や環境、生活に適応が進んでいるのか（行きつ戻りつすることもあるだろうが）キツイ口調で対応することも少なくなってきている。Aさんの雇用後、同じ難病（脊髄小脳変性症）を抱えるBさんを採用し、現在同じ職場で働いているが、こうした取組により徐々にではあるが、従業員同士お互いの理解が進んできている。

執筆独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構
宮城支部高齢・障害者業務課