事業所外観

1．事業所の概要

当社は、明治35（1902）年の創業以来、一貫して紳士靴・婦人靴等の企画、製造から販売までを担う製造小売メーカーとしてSPA事業を展開し発展してきた。千葉県浦安市を本社として、「営業本部」「小売事業本部」「調達本部」「管理本部」、同県柏市（北柏）に「物流センター」を置き、各事業を統括する一方、傘下に卸売子会社3社、小売子会社3社（全国約100直営店・中国1社を含む）、生産子会社等7社（中国2社を含む）を配置し、一つのグループを形成している。なお、国内の生産子会社は、岩手、山形、新潟など東北地方に拠点を置いている。

当社の特徴の一つとして、サイズや色を含めると製品の種類は多岐に及ぶ。そのため物流センターでの入出庫・仕分け・梱包作業は極めて煩雑なものとなっている。また、小売子会社の直営店舗は数名規模の小規模店舗であり、反復定型作業と呼べるものが少ない。こうした当社グループ特有の事業特性が、それまで障害者の雇用を阻む大きな要因になっていた。特に本社事業所の人員構成は正社員中心であり、障害者に代替できる業務を容易に見いだせなかったため、障害者雇用に対する社員の意識も世の中の流れに立ち遅れてしまっていた。そうした中で、平成22年、当社が東京都から浦安市に移転してきた際、管轄のハローワーク市川から、小売子会社で平成24年から2年間に7名の障害者を追加雇用（合計では2名から9名へ）するよう改善計画の策定の指導を受け、障害者雇用に対しての取組が始まった。

2．障害者雇用の経緯

ハローワーク市川から指導を受けた時、小売子会社の障害者雇用は精神障害者2名を雇用するにとどまっていた。

そこで、まず障害者雇用に対する基本方針として「現場で戦力になれること」及び「障害者を特別扱いせず“一緒に働く仲間”として接すること」と決定し、「千葉障害者職業センター」の協力を得て、「障害者を雇用するための仕事（ルーチン業務）の切り出し」を行うとともに、「ハローワーク市川」、「千葉障害者職業センター」、千葉県から障害者雇用サポート事業を委託されていた「株式会社パソナ」、更にこの両者の紹介を受けた柏圏域担当の障害者就業・生活支援センター「ビック・ハート柏」とそれぞれに相談を行い、当社の業務に適した人材の紹介を依頼した。

その際、人選を依頼する各機関に対しては上記の基本方針を示し、当社の業務や職場環境など具体的な受入条件をよく知って根気よく適材を探していただくようお願いした。なお当人の能力についてはいくつか条件を付けたものの、「一人で通勤できる」ことを最優先の条件とした。

2年後の平成26年、依頼したそれぞれの機関から合計7名の紹介を受け雇用に繋げ、既存の2名を含めると小売子会社で合計9名となり、結果、法定雇用率を達成した。

ちなみに各紹介先別の内訳は、パソナ3名、ビック・ハート柏2名、職業センター1名、ハローワーク1名である。

そして平成26年4月、小売子会社で障害者の雇入れや職場定着に中心的な役割を果たしたM氏を本社（人事総務部厚生課）へ異動させ、本社を始めグループ全体の障害者雇用の導入（受入準備）が始まった。

3．取組の内容

その後、「ビック・ハート柏」から就労移行支援事業所の利用者であった3名の紹介が挙がってきた。1名は30歳前半の発達障害のある男性で、以前倉庫会社に勤めた経験があり専門業務に精通しているものの、「自分の時間が持てない」という理由から退職した経歴の持ち主である。2人目は40歳代後半の精神障害のある男性で、業務を真面目にこなしリーダーシップもあるが不安障害を抱えやすく、担当者とのペア作業を不可欠としていた。3人目は40歳代前半の発達障害のある男性で、理解力があり、テキパキと仕事をこなすが、同じく不安を抱えやすい傾向があった。上の2名を北柏の物流センター、3人目の男性は本社管理本部の配属としいずれも1日6時間、週30時間のパートタイマーとして、平成27年1月に雇用を開始した。

受入直後、職場それぞれにおいて、社員全員を集めて研修会を実施し、障害者雇用を開始するに至った経緯と上記の会社方針を説明し理解を求めた。

また、障害者にはそれぞれ特定の担当者を指名し、担当者には障害者に接する際の要領として以下の心得を具体的に教育するとともに、困ったことが起きたら社内外の支援者（社内ではM氏、社外では就業・生活支援センターのジョブコーチ）に相談できる体制を整えた。

• （1） 障害者に向かって説明・指示をするときは言葉使いを明確にし、中途半端な表現はしないこと
• （2） 一律ではなく障害者一人ひとりの特性に合わせて対応すること
• （3） 指示したことができた場合、褒めるのではなく、認めてあげること

そして、「相手が障害者だからといって特別の対応をする必要は無い」ことを徹底し、注意事項は最低限のことだけに絞り、具体的な対応は各担当者に任せることにより、障害者と共に成長することを期待した。

さらに、各職場で受け入れる障害者数についても、「総人数比例で受け入れる障害者を割り振る」ということではなく、「雇用する障害者の人数や対象業務などは、各職場が主体的に判断する」ように方向付けた。

4．取組の効果

平成27年1月に雇用した3名については、当初から職場に溶け込み、現在に至るまで特に問題は生じていない。社外の支援者にはほとんど相談する必要が無かったほどで、その働きぶりはすこぶる安定している。

まず、北柏の物流センター勤務の2名については、社員とペアを組み、1日中二人一組で作業をするようにしている。当物流センターは50歳代・60歳代の社員が多く、障害者とのペア作業が当初意図したとおり双方に良い影響を与えているようである。すなわち、50歳代・60歳代の社員が負担に感じる「力仕事」を障害者が受け持つことでやりがいを感じながら仕事を覚えるとともに、ペアの50歳代・60歳代の社員も過去の経験を障害者に伝える機会ができたことに喜びを見出すという“相互補完の役割”が構築されている。

管理本部に配属された1名は、日単位での仕事を特定せず、月内での裁量に任せ、本部内のメンバーの求めに応じ、その都度、補助的ではあるが多種多様な業務を担当している。M氏が直属の担当者として付き、「褒めずに認める」指導を徹底させることで、不安定な情緒をセルフ・コントロールすることができている。具体的には、「（障害者が苦手とする）報告・連絡・相談をこまめにするよう指示し、完了の報告を受けると、その仕事の出来栄えを褒めるのではなく、やり遂げたこと自体を認めてあげてから次の仕事の指示を出す」ことを徹底するといったことである。その結果、担当する仕事の範囲は着実に拡がってきている。当初6時間の勤務からスタートし、現在はフルタイム勤務も安定してできるようになった。その間の努力をご本人に確認すると、「気持ちが高まり過ぎるときは、しばらく気分転換をしてリラックスするよう努めている」との回答が返ってきた。周囲の社員も本人の障害特性を十分に理解しており、日頃から非常に協力的である。

以上のとおり、採用した3名については問題なく着実に職場に適応しており、極めてスムースな導入ができたといってよい。その成功要因を探ってみると以下の諸点に纏められる。

1. 「障害者も障害のない者も同じ働く仲間」という理念が職場に浸透し始めた。
2. 当社の雇用方針と職場環境を外部の支援機関等に十分理解してもらい、人選に十分な時間的余裕を持たせたことで、当社に合った人材を紹介してもらえた。
3. 受入当初は、現場・本人・支援者・推進部署と共同で育成にあたり、安定後は現場の裁量に任せることで“自主的なノウハウ”を育くむ効果をもたらしつつある。

こうした実績をふまえ、北柏の物流センターでは平成28（2016）年1月に検品作業職の補助員として、同じく「ビック・ハート柏」から30歳の知的障害者1名を受け入れ現在に至っている。

本社内での事務作業風景

物流センター内での作業風景1

物流センター内での作業風景2

5．今後の課題と展望

現在、法定雇用率を達成しつつ、「現場で戦力になれる障害者を特別扱いせず、“一緒に働く仲間”として接する」という当初の方針は徐々ではあるが浸透してきている。

しかしながらグループ全体としてみた時、法定雇用率は未達成であり、今以上に雇用を進めるには「仕事の切り出しが難しい現場でどうやって障害者を受け入れていくか」という困難が立ち塞がっている。ここではそれらの課題に対するこれまでの取組と今後の展望を整理してみよう。

第一に「障害者に任せられる仕事の職域の拡大」である。そのため、全組織に対して「（障害者に任せられる）仕事の切り出し」の呼びかけを繰り返し徹底し、職場単位だけでなく、社員個々からも様々な案件を抽出してもらっているが、障害者雇用を始めてから日が浅いため、障害者に適した仕事のイメージが付きづらくまとまった量の仕事を見出すことが極めて難しいのが悩みである。

第二の課題は「障害者自身による自立の促進」である。そのため「（1日3時間程度から始めた勤務時間を徐々に延長し）パートタイマーからフルタイム勤務、さらには正社員への登用へ持っていくこと」を目標に掲げている。特に、生活や仕事に不安を感じている精神障害者の場合、ケースバイケースではあるがその不安を取り除くためには必要なステップと考えている。ただしこの目標を達成するためには、障害者本人が意欲をもって自身を高めていくことが不可欠であり、一人でできる仕事の範囲と質の充実を高める長期的なサポートが必要である。さらにその成否は、周囲の職場仲間が温かい目で見守ることができるか否かによって大きく異なってくる。当社ではM氏がジョブコーチの資格を取得し、障害者本人の意欲を高めたり、職務拡大・職務充実の効果を具体的に確認するためのスキルを磨くとともに、その成果を職場全体に拡げていくことで、社員が人（障害者）を育てることに喜びを感じられるような職場環境づくりを目指している。

例えば、管理本部に配属された発達障害のAさんに対しては、特定の限られたメンバーだけでなく、本部全体の誰とでも関係を持たせるような業務を任せ、職場の誰もがAさんに声を掛けられるような環境づくりを行っている。そして、Aさん自身に対しては、「職場の誰もがお互い自分と一緒に成長していく仲間である」ことを繰り返し指導し、仕事の成果に対しては公平に注意や評価をしている。Aさんを受け入れたことにより、今では管理本部全体が障害者と共に成長していることを実感できるようになってきた。

また、当社の場合「職場で障害者の生活指導まではできないし、それを現場に求めることもしない」という原則を守っている。一人で通勤できることを雇用の条件に掲げているのもその表れである。今後は障害者自身の高齢化が進んできて、親の介護もしなければならない状況になることが予想され、各支援機関の協力を得て、障害者の家族との連携を深めていくことも自立のために必要になると考えている。

今後雇用する障害者の人数が増えてくるにつれて、評価・処遇等が大きな課題となって出てくることも予想される。また、障害者を受け入れる側としては、今まで以上に横の連携を深めていく必要が出てくる。当社の場合、部署ごとの間仕切りが無く誰もが全体を見通せるような職場環境である。会社全体が障害者一人ひとりを温かく迎え、人（障害者）を育て公平に対応する気持を持つことによってそうした課題を乗り越えていきたいと考えている。当社は障害者を迎え入れてやっと5年、まだまだ経験が浅く、これからも課題を一つ一つ克服し、障害者雇用の経験を積み重ねていきたいと考えている。

執筆者：千葉支部　高齢・障害者業務課
アドバイザー　新井将平