支援機関の援助で精神障害者の雇用が可能に
- 事業所名
- 医療法人社団哺育会 桜ヶ丘中央病院(法人番号 2010505000616)
- 所在地
- 神奈川県大和市
- 事業内容
- 医療機関(一般病院)
- 従業員数
- 420名
- うち障害者数
- 8名
2016年6月1日現在
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 1 事務部事務作業 内部障害 知的障害 1 病棟での洗浄、リネン品補充等 精神障害 3 カルテ整理業務、営繕関係業務、病棟での洗浄、リネン品補充等 発達障害 2 病棟環境整備、カルテメッセンジャー業務等 高次能機能障害 1 事務部医事課関係業務 難病 その他の障害 - ■本事例の対象となる障害
- 肢体不自由、精神障害
- 目次
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事業所外観
1.事業所の概要
医療法人社団哺育会 桜ヶ丘中央病院は、神奈川県の中央部に位置する大和市にあり、上尾中央医科グループが運営する病院の一つである。
上尾中央医科グループは、本部を埼玉県上尾市に置き上尾中央総合病院を基幹病院として、埼玉県、東京都、千葉県、神奈川県、山梨県、茨城県の1都5県で哺育会などの3つの医療法人が27の病院と20の介護老人保健施設を運営している。グループ全体の職員数は16,000名を超える組織である。
桜ヶ丘中央病院は「地域から信頼される、思いやりと礼節のある、患者さん中心の医療の実践」という理念の下、予防医療から、急性期疾患の治療、回復期・維持期のリハビリテーションまで幅広い医療を提供する、病床数171床、職員数(非常勤職員を含めて)420名の病院である。(次表参照)
<病院の概要>
名 称 医療法人社団哺育会 桜ヶ丘中央病院 所在地 〒242‐0024 神奈川県大和市 開設年 昭和55(1980)年4月 院長名 病院長:島﨑 猛 職員数 合計420名(常勤332名、非常勤88名) 病床数 171床(一般病棟45床、障害者病棟40床、 回復期リハ病棟86床) 診療科 内科/外科/整形外科/小児科/眼科/皮膚科/循環器内科/消化器外科/脳神経外科/ 来受付 平日 8:00~12:00 14:00~17:30 土曜 8:00~12:00 診療時間 平日 9:00~18:00 土曜 9:00~12:30 2.障害者雇用の経緯
この病院での障害者雇用に関して中心的役割を担っている事務部の山田課長と神奈川障害者職業センターの君塚ジョブコーチに障害者雇用の経緯と状況を伺った。
山田課長(上)、君塚JC(中央女性)と Bさん(右下)、筆者(左下)
(1)障害者雇用のきっかけ
桜ヶ丘中央病院が障害者雇用に取り組むきっかけは、平成20(2008)年4月に山田課長がグループ内の別の病院から桜ヶ丘中央病院に転勤してきたことによるものである。この時点では桜ヶ丘中央病院では障害者を一人も雇用していなかった。
山田課長は、以前の病院での障害者雇用の経験から、桜ヶ丘中央病院での障害者雇用の必要性に気付き、平成20年度から毎年度1名ずつ採用していく方針を決めた。そこで、病院内の責任者が集まる会議で障害者雇用について説明することから始めた。そして、初年度の平成20年度は自らが所管する事務部に配置することにした。
この取組方針について、所轄である大和公共職業安定所(以下、「HW大和」という。)に相談し、身体障害者Aさんを平成21(2009)年5月に雇用した。
Aさんの仕事は信頼できるものであり、ときには要求程度以上のものをこなすことができていた。同じフロアにいる看護部門などの人もAさんの仕事ぶりから障害者の受入れに前向きになった。Aさんは現在も事務部で元気に勤務している。
山田課長はAさんに対する職場スタッフの評価が変わっていく状況を踏まえ、次に病棟への配属を考えて看護部門の責任者に相談した。しかしこの時点では、看護部門でも、事務部と同じように周囲が配慮すべきことが分かりやすい身体障害者の受入れを想定していた。
(2)精神障害者の受入れ
山田課長がHW大和に身体障害者の雇用について相談したところ、HW大和からは、求職登録している障害者の状況を見ると身体障害者の紹介には結びつきづらいため、知的障害者または精神障害者の雇用を考えてはどうかと示唆された。これに当たっては、障害者雇用の専門機関である神奈川障害者職業センター(以下「職業センター」という。)の援助を受けながら職務の検討を行うことを助言された。
病院としては、知的障害者・精神障害者については、雇用の経験がないため採用に不安があった。特に採用予定部署の看護部が患者と接する機会が多い点や同僚職員がどのように接したらよいか知識がないことなどが心配だった。しかし、前向きに取り組む山田課長は、職業センターのカウンセラーに会って話を聞いてみることにした。
職業センターのカウンセラーからは、精神障害者や知的障害者の採用を勧める理由や、これらの障害者を雇用するときの留意点などを説明され、採用面接前に職場見学の機会を作り、その際に精神障害者と話す機会を設けてみてはどうかと提案された。また、仕事上の課題については、職場実習の機会を通じた整理や、対象者の障害特性に合わせた業務調整のポイントの提示、ジョブコーチによる配属部署の上司や同僚と本人との橋渡し、配慮事項に関する助言等ができることなどを紹介された。
山田課長はHW大和の説明や職業センターの助言を受け、次のような整理を行って看護部門へ説明を行った。
ア 職業センターや地域就労援助センターのバックアップがある。
イ ジョブコーチ支援が受けられる。
ウ 職場実習を通じて障害の特性や本人の得意不得意などを把握できる。病棟への受入れについて看護部門の抵抗感は強かったものの、山田課長は会議場で繰り返し障害者雇用の意義について説明を行い、最終的には看護部門の理解を得ることができた。
これらの経緯を経て、平成22(2010)年10月に社会不安障害の症状があるBさんの職場見学を受け入れることになった。そして、職業センターから説明があったジョブコーチの支援を受けながら6日間の職場実習を経て精神障害のあるBさんを採用することができた。
(3)精神障害者Bさんの適応状況とジョブコーチの支援から病院が学んだこと
勤務し始めた頃のBさんは、人と顔を合わせて話すことが苦手だったが、ジョブコーチ支援を受け徐々に職場に慣れ、職場内での会話力も向上してきた。
Bさん自身も「担当するシュガーポットの洗浄を済ませ、患者さんのところに持っていくと、普段会話しない方から『ありがとう』とお礼を言われたことがあって、それがうれしく励みになった」とのこと。その後、いろいろと仕事が増えているがコツを掴めば慣れてきて大丈夫であると自信もついて、山田課長から見ても「最近は明るく顔を合わせて自然な会話ができるようになり、職場の一員として活躍している様子が伺える」とのことである。
現在週3日の勤務であるが、このことについては、「時間数を増やしたいという気持ちはあるが家庭の事情もあり現状のペースで勤務したい」との感想を述べている。山田課長も精神障害者を受け入れた当初は、本当に仕事ができるかどうか不安だったが、ジョブコーチの支援を受けながらBさんが頑張っている姿を見て精神障害者も職場で戦力になれるのだと確信し、これまで持っていた精神障害者への偏見を変えることができたと言う。
また、「これまでジョブコーチの存在すら知らずにいたが、ジョブコーチは障害者と職場の人との間に立って、話を丁寧に聞き職場の問題解決に尽力してくれており、非常に助かった。精神障害者の雇用についてジョブコーチなしでは進めることはできなかったであろう。」とのことである。
このようにジョブコーチからの効果的な支援やBさんの真面目な仕事ぶりに対して職場スタッフから高い評価があったり、看護部長も協力的であったことがBさんの就労を支えている。さらに、ジョブコーチ支援終了後の継続的なフォローアップはもちろん、職業センターだけでなく、地域就労援助センターとも連携したサポート体制を構築した。山田課長にとって、いろいろな相談先ができたことが安心感を高めることにつながっている。
このような好事例が、その後の他の病棟への展開につながった。当初山田課長が立てた毎年1名採用するという目標が新たな障害者雇用につながり、今では8名の障害者が雇用されている。うち6名は精神障害者である。
<障害者の配置状況>対象者 障害種類 配置 作業内容 Aさん 肢体不自由 総務課 全職員の勤怠データの照合、PC入力文書作成、ユニフォームのクリーニング納品確認、郵便物の配布 Bさん 精神 病棟 シュガーポットの洗浄、シーツ組み、リネン品の補充 Cさん 発達 病棟 リネン庫の整理、病棟の環境整備 Dさん 知的 病棟 シュガーポットの洗浄、シーツ組み、リネン品の補充 Eさん 高次脳 医事課 医事課全般業務(当直以外) Fさん 発達 医事課 カルテなどのメッセンジャー業務 Gさん 精神 健康管理課 検査結果のカルテ貼り、カルテの整理 Hさん 精神 総務課 病棟部品の補充、電球の取替えなどの営繕 洗浄作業中のBさん
桜ヶ丘中央病院で障害者雇用がうまく進んでいる理由について山田課長は以下の事を挙げている。
ア 受入部署スタッフの理解があること。
イ 現場にキーパーソン(教育担当者)を選定し、協力ができていること。
ウ ハローワークや職業センター、地域就労援助センターの協力があること。
エ ジョブコーチ支援が受けられること。3.桜ヶ丘中央病院での障害者雇用についての筆者の感想
インタビューを通して桜ヶ丘中央病院ではなぜ精神障害者の雇用が順調にできているのか、筆者が感じたことは次のとおりである。
- 桜ヶ丘中央病院のトップも障害者雇用についての理解があること。
- 障害者雇用の過不足等の状況を定例の会議で報告するなどして病院内に知らせ、各部署に他人事だと思われないように共通理解を図るなど、職員への啓蒙が十分に図られていること。
- キーパーソンを選定し、現場との情報共有を図りタイムリーな問題解決を図るように心掛けていること。
- 職場一体となって障害者雇用に取り組んでいること。
職場スタッフも協力的で、Bさんの活躍ぶりについて「おかげで職場が助かっている」などのプラスの評価の情報が看護部長にボトムアップされる形で伝わり、その結果、障害者雇用の有効性が周知されて、ほかの病棟フロアへも展開が図られて雇用の増加に結びついている。 - 問題が小さいうちに解決を図り、大きな混乱にならないようにできていること。
- ハローワーク、支援機関、職業センターなどの支援機関と情報共有を図っていること。
支援機関利用の具体的な効果として以下のようなことがある。
ア 見学や実習の機会を設けることにより、事業所では対象者の職務遂行能力等を評価できる。
イ ジョブコーチによる職場適応のための支援が受けられる。
ウ 支援機関から提供された情報を活用できる。筆者は、以前ジョブコーチとして多くの職場で様々な障害者を支援してきたが、そのときに留意していたことが、今回の取材で山田課長からも報告されていた。それは、上記(3)のキーパーソン作りに力を割くということである。
ジョブコーチは障害者の勤務中に常時存在し続ける人ではない。ジョブコーチは、障害者が長期的に安定就労できるように、職場の中で自然にサポートしてくれる人(キーパーソン)を見い出し、その方を中心に自然に支えていける体制(ナチュラルサポート体制)を構築していくことが重要である。このナチュラルサポート体制が出来上がると、ジョブコーチがいなくても(フェードアウトしても)職場内で問題解決が図れるようになる。事業主が自立的に適切な雇用管理体制を維持できることを目指してジョブコーチは職場内で支援している。
実際に、過去に支援した事業所では、キーパーソンが、職場スタッフに対して障害者との接し方をアドバイスしたり、一方で障害者に対しては作業や職業生活についての相談相手を担っていたりした。事業所内に障害者のサポートの担当者が明確化されると、職場内の安心感が高まり、皆が自然に支えていける体制を構築できると考えている。
また、最近では精神障害者や発達障害者など、「どういう障害なのか」「何に気をつければよいのか」等を掴みにくいタイプの障害者を支援することが多くなっている。そこで、職業センターでは、準備支援を受講した精神障害者や発達障害者に「ナビゲーションブック」の作成支援を行っている。
「ナビゲーションブック」というのは、障害者自身が「自分のことを理解したい」「自分のことを他者に伝えられるようになりたい」と考えたときに活用できるツールである。具体的には、自身の特徴、セールスポイント、課題とその対処方法、会社に理解・配慮してほしいこと等をまとめたツールである。上司や同僚が障害者と一緒に仕事をしていく際にどのように接してよいか悩んだり、おっかなびっくりの対応をしてしまったりすることがある。障害者から自分の特性と不都合な場合の対処要領などを先に知らせておくと、上司や同僚が職場での指導やコミュニケーション面で苦慮することが減少する。ご本人も安心して対応できるので、物事が混乱なく推移していくことが多い。
桜ヶ丘中央病院でも、Bさんの後に採用した発達障害者が面接時に自分の課題やサポートしてほしいことについて情報を提供し、その結果として職場スタッフが対象者をよく理解できたので、職場でも適切に配慮できたが、ナビゲーションブックが非常に有効な資料であったとの感想を聞いている。
このように、企業側が関係機関と上手に連携し、制度や情報を活用して入職時のハードルを下げること、また、支援者との信頼関係を築くことはその後の職場定着につながっていくものであると思う。
桜ヶ丘中央病院では山田課長や各職場のキーパーソンが中心となり、問題解決を図っていく担当者として機能している。担当者と支援機関とが情報を共有しながら問題解決を図ったことが、障害者、事業主双方にかかる負荷の迅速な改善につながり、これまで何年にも渡って不適応を起こさず職場定着できていることに結び付いたのだと思う。
さらに、障害者への対応方法では、彼らのスキル向上を期待し、「最初は少ない仕事量から徐々に作業を追加し、慣れたら作業に責任を持たせる」、「できていることを褒め、できないところはどうやればできるようになるかなどを考えて指導する」、「職場の一員として認め評価していく」という方針が職場に浸透していくことは、障害者がモチベーションを維持・向上させていくうえでも大切であると考える。
執筆者:山口 秀樹
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