障害者雇用を通じて地域・社会に貢献し、発展する企業を目指す
~娯楽業での取組~
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事業所外観
1.事業所の概要
(1)事業所の概要
株式会社アクセス(以下「アクセス」という。)は、本社を 神奈川県川崎市に置く、遊技場経営を事業内容とする企業である。昭和49(1974)年10月に設立され、平成28(2016)年10月現在の従業員数は 131人である。
経営理念として、「全従業員の人生において、経済及び精神面の豊かさを追求し、志事を通じて、お客様・地域・社会に貢献し、発展する企業となる」と謳い全従業員に経営者意識を持たせている。
社会貢献の一つとして、新入社員は、1年目に重度障害者施設での夏祭にスタッフとして参加する他、従業員の中から選抜した者で近隣の福祉施設を定期的に訪問し、施設ボランティアとして演芸などの活動を行うといった取組も行っている。
社員新年会の開催や、月に1度バースデー食事会を開催するなど社員を大きな家族と考え、アットホームな雰囲気で、職場の活性化に努めている。
障害者雇用数は全社的には3名であり、経理事務に1名、店舗に2名配属している。
今回は、障害者雇用に関わる人事担当者に、店舗に配属されている精神障害者(統合失調症)1名、知的障害者(重度)1名についてお話しを伺った。
店内
2.雇用の経緯、背景
障害者雇用のきっかけは、数年前から定期的に会社を訪問してきたハローワーク川崎北の雇用指導官から受けた障害者雇用に係る助言によるものである。
会社が謳っている「地域・社会に貢献し、発展する企業となる」を実現する手段の一つとして障害者の雇用を図ることを考えた。また、人事担当者は、パート社員やアルバイト社員など多様な勤務パターンの従業員がいるが、誰もが働きやすい職場にしたいという思いもあった。
そこで、人事担当者は、障害者雇用の計画を上司に提案し、経営者の承認を得て、計画を進めることとした。
当初は、人事担当者が対応方法のイメージをしやすかった知的障害者2名を人事部や総務部という管理部門ではなく店舗で雇用することを考えた。
具体的に計画を進めるに当たり、人事担当者は、障害者雇用についての知識が足りないと感じたので、事前に神奈川労働局主催のセミナー、神奈川障害者職業センター(以下「職業センター」という。)が主催する事業主支援ワークショップ、障害者職業生活相談員資格認定講習などの研修(講習)会に参加した。 また、同業他社など既に障害者雇用を進めている企業や養護学校(特別支援学校)などを訪問し、受入方法などについて学んだ。
地域の金融機関に障害者雇用の話をしたところ、タイミング良く川崎市中原区にある就労移行支援事業所(以下「支援事業所」という。)を紹介され、同所を訪問した。
支援事業所において障害者の職場実習(以下「実習」という。)状況などを見学し、知的障害者の採用を考えていることを話すと、支援事業所の担当者から精神障害者の採用についても検討を促され、精神障害者の採用方法や雇用管理などについて説明を受けた。また、採用に当たっては、実習をとおして人物評価を行い、その結果で採用の可否を決めても良いのではないかと助言された。さらに、支援事業所の担当者から、同所に登録されている障害者のうち実習を希望する者の障害特性などについて具体的な情報提供があり、その後の実習や採用を判断するときにも有効な資料となった。
そして平成27(2015)年5月から支援事業所から紹介された障害者2名の実習を4日間行うことになったが、同所の担当者から「職務の切出し」や「障害者に対する指導のノウハウ」などについては、職業センターに相談し、ジョブコーチ支援などを活用して、具体的なアドバイスを得た方が良いのではとの助言があった。
そこで職業センターに連絡すると、障害者職業カウンセラーからジョブコーチ支援の流れが説明され、職務の切出しや指導のノウハウの習得についての支援を受けることを勧められた。
実習を行った障害者の働きぶりや成果には問題がなく、平成27(2015)年6月から本採用することを決め、引き続き職業センターからジョブコーチ支援を受けることとした。
3.雇用に当たっての不安
人事担当者が障害者を雇用するに当たって、不安を感じていたことは次のような事項だった。
(1) 勤怠の安定 業務ができるか、営業に支障をきたさないかなどが心配である。 (2) 雇用管理の難しさ 特別な配慮が必要であり、わがままや主張が多く現場への負担が増え、現場が疲弊するのではないかなどが不安である。 (3) コミュニケーションの取り方 周囲の従業員がどのような話をしたら良いのか、話しかける頻度、NGワードはあるのかなどコミュニケーション方法などが分からない。 (4) 業務の切出し 従業員の負担軽減を図りたいが、業務を奪ってしまうことはしたくない、障害者をバックヤード中心の仕事に就けたいが適切な判断ができるかなどが不安である。 (5) 具体的な指導方法 指導者はどのような人が適任なのか、注意や指摘をして良いのか、指導はどのようにしたら良いのかなどが分からない。 (6) 職場との温度差 ほとんどの従業員が障害者との接点がなかったため、従業員にどのように障害者を受入れてもらえるかが課題である。 4.不安の解決について
人事担当者は、余剰人員を抱えることはできないこと、人的余裕はない中で指導を行うために障害のない従業員の職務遂行を妨げることは避けなければならないことから、障害のない従業員とのワークシェアや接し方などに留意し、職務の設定を行うこととした。これに加え、職場内の従業員の意識啓発、受入れ体制作りに力を入れて取り組んだ。さらに、現場の負担を軽くするため、人事担当者はジョブコーチと相談して次表のような対応策を立てた。結果として、これらの取組は、障害のない従業員の負担の軽減だけではなく、障害のある従業員自身の働くモチベーションを高めることにも役立った。
実際に、入社から2か月経過する頃には、障害のない従業員が障害のある従業員に対し、自然に「ありがとう」と声掛けをし、障害のある従業員を見守るようになった。また、障害のある従業員が指導担当者や人事担当者に対して、仕事の改善などに関する提案ができるようになった。
また、障害のある従業員が行う業務に地域活動を含めたことで経営理念である地域社会への貢献にもつながり、本人達のモチベーションアップの効果が出ている。
項目 対応策 具体的な内容 (1) 勤怠の安定 - 皆で面倒をみる
- 現場の体制は、人事担当者1名、現場従業員30名(うち1名を指導担当者に選任)である。現場では人事担当者や指導担当者が対応できない場面も発生するので、周囲の者のケアが大事と考え、従業員皆で面倒をみるやり方にした。
- 日報の活用
- 健康管理や日頃の作業場面で掴めない本人達の思いを吸い上げるため、毎日終業時間に日報を記入することとした。この日報には、当日の業務の振り返りの他に、健康管理面、自身の思いや感想などを記入するように指示し、面談時間を設けて内容の確認やそのフォローを行った。
日報
- 本人達の意見の積極的な取り入れ
- 面談時に本人達の話を聞きながら、改善提案が挙がった際には、すぐに対応をした。
(2) 雇用管理の難しさ - 指導者の適切な選任
- 指導担当者は、障害のない従業員に対してお客様への接客レベル向上などの教育を担当するベテラン従業員を指名した。その指導担当者は、最初の数か月はマンツーマンで指導を行い、他のスタッフにその指導の様子を見せた。その後、徐々に現場スタッフに主導権をバトンタッチしていった。
- マニュアル、スケジュール表の整備
- 障害のある従業員が自立して仕事ができ、現場に負担をかけないことを目標に、作業スケジュール、作業方法、道具の準備などを作成するに当たっては、他の従業員にも分かり易いマニュアルを整備した。
作成したマニュアル
作成したマニュアル
- 障害のある従業員には作業マニュアルの縮小版を常時持たせ、どこででも作業マニュアルで作業を確認し自分達だけで業務が行えるようにした。
作成したマニュアルを携帯している様子
- また、自分が今どこで何の仕事をしているかが分かるように作業スケジュール表を作成して、従業員全員で、障害のある従業員の作業状況を把握し見守れるようにした。
おしごとの流れ
(3) コミュニケーションの取り方 - 無理をしないコミュニケーション
- 互いに頑張り過ぎること、無理すること、無理強いすることは長続きしないため、コミュニケーションは気を使わずに挨拶だけでも十分であることを従業員に伝えた。
- 指示命令系統を一本化
- コミュニケーションに不安を持つ従業員には、「初めは距離を持って良い、無理やり接する必要はないが普段の挨拶だけはするようにしよう」と話をした。また、障害のある従業員に対する接し方が苦手と感じる人には、人事担当者や指導担当者がやっているやり方を見て、自分ができそうと思ったら近づけば良いことを伝えた。
- 障害のある従業員の仕事ぶりで気になることがあった場合は、直接本人に言わずに人事担当者や指導担当者に申し出るように他の従業員に伝え、指示命令系統を一本化した。
- 指導者が障害のある従業員に質問する場合は、二者択一などの答え易い訊き方に努めた。
(4) 業務の切出し - 専門家に聞く
- 職業センターのジョブコーチに相談し、効率的な作業手順や注意事項、改善方法などの助言を受けた。その後も、作業工程を随時改善した。
- 現場から要請が出やすくなる工夫
- 障害のある従業員の職務を増やしたいことを他の従業員に説明し、従業員の心配ごとや不安を人事担当者や指導担当者に挙げてもらえるように働きかけた。この結果、時間の経過とともに障害のある従業員の作業ぶりを見ていた現場従業員から、ドル箱・メダルの洗浄作業など障害のある従業員に合う仕事が提案されるようになった。
作業風景
作業風景
清掃箇所を区切って行う
作業風景作業風景
(5) 具体的な指導方法 - まずやって見せる
- まず指導者がやって見せ、障害のある従業員のどちらかできる人にやらせ、できない人にはそのやり方を見て学ぶという方法で指導した。
- 時間を空けずリアルタイムで「良い」、「悪い」の判断を伝えるようにした。
- ペア作業を活かす
- 作業では障害のある従業員2名がいつもペアで取り組む体制にし、それぞれの障害特性や長所に合わせた役割分担を図った。この結果、手が空いた人が次の道具の準備をし、屋外作業では一人が安全確認を担当するなどペア作業の利点を発揮できた。この役割分担により、従業員間の思いやりと責任感を育む効果をもたらすことができた。
(6) 職場との温度差 - 従業員への説明会の実施
- 全ての従業員を対象に、障害者雇用に関する説明会を開催した。
説明会では、障害者雇用の主旨と経営理念でもある企業の責務としての取組であることを伝え、障害者雇用計画の進め方、現状と今後の計画、障害者の担当業務の考え方を説明した。
- 障害のある従業員に対する他の従業員の理解を得るため、二人の障害特性を説明した上で、心配なことについて気兼ねなく意見交換をすることを提案し、従業員の思いを人事担当者や指導担当者が把握できるように整備した。
5.障害者雇用の効果
障害のある従業員の仕事ぶりや挨拶の仕方は、他の従業員にも影響し、職場全体の挨拶が良くなるなどの効果がでた。また、屋外作業時に地元住民から感謝の声掛けをしてもらうこともあり、障害のある従業員達も、自分たちが皆の役に立っているという実感が、喜びにつながり、働きがいを感じている。
一方、障害のある従業員自身からも「辛い仕事はなく毎日楽しく仕事ができている」、「店舗ホールの仕事が楽しい」、「一度やったところに後でゴミを見つけることがあり、まだまだ目が行き届いていないことを感じる」などの仕事に対する前向きな感想が寄せられた。
面談状況
(当日は指導者(中央)、人事担当者(右から2番目)、
ジョブコーチ(右端)も同席)働きがいを感じて頑張っている様子については、彼らの出勤状況に如実に表れている。就職して1年5か月が経過した時点で、障害のある従業員の欠勤状況は一人が風邪により2日の病欠をしただけで、他の日は皆勤である。このように順調に勤務を続けていることは、この職場で障害のある従業員に対する雇用管理や受け入れ体制が上手くいっていることの証でもある。
6.おわりに
人事担当者は、これまでの障害者雇用について振り返って、「障害者の人柄や仕事ぶりについては最初に危惧した問題もなく、当初、不安と感じた要因は、障害者に対する知識不足や対応への経験不足であったと感じている。障害者雇用が上手くいっているのは、企業風土の良さ、指導担当者の的確な指導力のおかげである。」と述べていた。今後は、二人の個性を考慮しながら、キャリアアップ方法を見つけていくこと、そして、企業側がもう少し経験を積み上げ、ノウハウを整理した後に他の店舗でも無理なく受け入れができるように体制を整備していく必要があると感じているとのことであった。
平成27(2015)年6月1日の障害者雇用の状況をみると、アクセスと同規模(100~300人未満)の企業での実雇用率は1.68%と他の規模の企業よりも低く職務の切出しに苦慮しているケースが多い。また、娯楽業については生活関連サービス業種に位置付けられているため、業種の実雇用率は2.04%であるが、接客業務が多い業種という点で障害者雇用が進んでいない企業も多いと感じる状況である。そういう中で、企業の経営理念に照らして社内の意識啓発に取り組みつつ、一方で受け入れる側の従業員に負担をかけない無理のない体制作りを行い、障害者に係る知識を深め、関係機関の協力を得て着実に障害者雇用を進めているアクセスの取組は、今後の中小企業や接客を伴う業種での障害者雇用を検討する際の一助となる事例であると思われる。
執筆者:神奈川障害者職業センター 元ジョブコーチ 山口 秀樹
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