事業所外観

1．事業所の概要、障害者雇用の経緯

（1）事業所の概要

平成6（1994）年設立、営業年数22年。ダム、堰、排水機場の水門、除塵設備等機械、電気設備の設計。河川構造物の設計。道路管理設備の設計、機械設備に関する現場技術業務。ダム、水門、樋門等の点検整備業務。ダム、排水機場施設管理業務。

（2）障害者雇用の経緯

ハローワークでの求人募集に応募して来た人5、6人の中に、対象者のAさんがいた。書類選考ののち、面接まで行ったのは、そのときはAさんだけであった。採用後に、「発達障害者・難治性疾患患者雇用開発助成金」を活用した。

2．取組の内容と効果

（1）取組の内容

ア．

募集・採用

Aさんは、ハローワークの「難病患者就職サポーター」に相談し、面接では難病があることをオープンにしていた。採用に当たっては、難病の知識を病院関係者から得て、会社内でもどのような対応をしたら良いかということを話し合った。

イ．

障害者の業務・職場

Aさんは、技術者として、現地調査から資料作成、立案、まとめまで幅広く行っている。ポジションは主任的立場で、会社からは、「外注先などへの指示を的確に行えている」との好評価を得ている。

Aさんが罹患している難病は「潰瘍性大腸炎」で消化器系の慢性疾患であるがゆえに、食事制限が必要とされるが、この点、Aさんの自己管理は会社の高い評価を得ている。Aさんが行っている日々の健康管理、特に食生活の管理については、会社側が「見習いたい」というほど、完璧であった。例えば、前日かなり遅い時間帯まで働いたとしても、翌日きちんと弁当持参で出社してくるなど、他の社員が健康管理について考える契機ともなった。このことについては、インタビューに同席した社員も、「働く姿勢について学ぶところが多々あった」と語っている。

そして、そうした本人の努力が会社の理解にも好影響を与え、オフタイムの懇親会のときには、料理についてAさん本人にも相談したり、また、宿泊を伴う出張のときなどには、Aさんが自分で食事を選択できるよう、同僚によって自然な配慮がなされたりしている。

その他、月1回の通院と年2回の検査が必要とのことだが、支障なく休みが取れている。なお、勤務中のトイレ利用や通勤に際しての配慮などは、不要とのことであった。

（2）取組の効果

Aさんは、勤めて1年半であるが、今後の展望を聞くと、「今は指示を受けて作業しているけれども、受動体ではなく能動体になれるような仕事をしていきたい」との回答が返ってきた。また、会社としても、「さらに上の立場をめざしてほしい、具体的には管理業務ができる立場になってほしい」との期待が語られた。そして、「本人の努力も大事だが、それをバックアップする会社の体制も重要であること」も、最後に付け加えられた。

本人の就業意欲と、それに応える会社の環境整備のいずれもが、積極的なものとして話された。このことは、募集から採用、さらに職場における業務遂行に至るまでの一連の流れが、円滑に取り組まれた効果である。

3．今後の課題と展望

（1）自己管理の背景にある、本人、会社、地域の相互連携

Aさんは、病気になった当初は、あまり重く考えておらず、服薬も不十分であったという。しかし、医師の指導を受け、自分の病気を調べ、初めて難病であることを知り、その後は、病気について地域で開催している講習会に参加し学んだりもしているとのことである。この点は、今回の取材で最も印象に残った点である。Aさんの徹底した自己管理の背景には、本人、会社、地域の相互連携があり、その連携がうまく機能しているところにある。このことについて、具体的に見ていきたい。

まず、本人が働く職場についてだが、会社の上司や同僚は、当初より病気への理解に努めようという姿勢が見られていた。会社が最初に本人に病気のことを聞いたことも重要である。この点、一般的には、難病患者に対して、不要な不安感を抱いてしまう場合があるが、本人に聞くことが、何よりも大切である。その理由は、一つには、「難病患者は仕事ができないのではないか」という思い込みを払しょくする意味があることである。また、もう一つには、会社からの声掛けによって、安心して仕事をすることができるという信頼感を、本人が持てることである。

そして、地域の社会資源の活用については、ハローワークの「難病患者就職サポーター」に相談し、面接に当たっての助言を得たことが大きい。また、本人の自己管理については、医師等専門的見地からのアドバイスが必須であるが、この点も、医師の指導を受けて、病気についての認識を改めたことが、その後の職業生活に大きな影響を与えている。

さらに、Aさんの場合、地域の講習会を通じて、同じ悩みを持つ方とコンタクトを持てたことが良かったと思う。難病患者の場合、外見だけでは分からないことが多いので、同じ悩みを抱えた人との会話や相談などができたことが孤立してしまいがちになることを防いだと考えられる。

このようにして、就職に至るまでの、地域の社会資源（ハローワーク、医療機関、地域の講習会）活用の重要性、Aさん自身を軸とした相互連携の重要性が大事なポイントであることが理解できる。

（2）会社に配慮事項を伝える上でも重要な社会資源の活用

障害や病気のある人にのみ努力を強いる発想では、雇用は長続きしないことは、よくいわれていることである。そこには、企業側の配慮が必要である。しかし、会社としてどのような配慮をしたら良いのか分らないという場合も少なくないだろう。そこで、会社としては、本人に、「どんな配慮が必要か」を聞くことが求められるのだが、ここで課題がある。

それは、本人が障害や病気のことをよく知り、会社に伝えていくことができるかどうかという問題である。それが可能になれば、会社として何をしたら良いのか具体的にイメージし易くなることは間違いない。今回はAさんが地域の社会資源（ハローワーク、医療機関、地域の講習会）を活用し、自分自身の障害や病気のことを理解しようとしていたことが成功のポイントの一つとなっている。ハローワークからは制度や面接への臨み方を、医療機関からは病気や日常生活を送っていく上での指導を、地域の講習会からは同じ悩みを持つ同士の情報交換を、それぞれ得てきたのである。それらがあってこそ、会社への説明も可能になる。もっとも、本人だけでは伝えられない場合もあるので、そうした際は、支援機関の関わりも必要である。

Aさんが、自らの健康管理のために食事制限を遵守した職業生活を送っていることで会社側は、自然な形で、オフタイムや出張の時の配慮を行うようになってきた。そして、こうした相互に良い影響を与えあう関係が構築できているのも、Aさんが社会資源を活用した上での自発的努力をしてきたことと会社側の本人に対するバックアップへの積極的な配慮からであると言ってよいのではないだろうか。

今後の課題と展望としては、Aさんの就業上、新たな課題が生起したときには、就職前と同様に、地域の社会資源をうまく活用し、会社に伝えていくことではないだろうか。障害者雇用の場合がそうであるように、難病患者の雇用においても、本人、会社、地域の三者が相互に連携し、力を発揮してこそ、質の高い職業生活が維持できると考える。

執筆者：一般財団法人フィールド・サポート em．(えん)
代表理事／日本福祉大学実務家教員　栗原　久