個人の能力と業務のマッチングを重視した取組
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事業所外観(受付)
1.事業所の概要
(1)事業所の沿革
平成13(2001)年に、福岡県福岡市において、家庭教師の派遣業務を主として創業した。翌年には有限会社を設立し、平成16(2004)年に株式会社に組織を変更、同年、株式会社個別指導塾スタンダード(以下「スタンダード」という。)1号店を開設した。現在は、全国に397教室を設置し、正社員約400名をかかえる企業に発展している。
(2)事業所の特徴
吉田知明代表取締役は、より多くの児童・生徒が塾に通えるようにしたいとの考えから、「低価格でより良いサービス」を経営理念として掲げている。この経営理念を具現化したのがスタンダードの指導方式である。講師と塾生が1対2で授業を受けるマンツーマンに近い形をとっており、家庭教師の派遣より低価格でありながら、塾生一人ひとりの習熟度に合わせた指導ができるように工夫を行っている。さらに講師陣は、塾生に対して、できていることを褒めて、自信も持たせ、やる気を引き出すことに注力し、塾生の人気を集めている。
また、スタンダードでは、企業として多様な働き方を提案しており、勤務形態など、障害の有無に関係なく、社員の個別の状況に応じて柔軟に対応できる体制を整えている。一方で、障害者を雇用する際には、障害特性だけではなく、一人ひとりが能力を最大限に活かせる配属となるよう、さらに、相談役として、管理職からのサポートが受けられるように配慮を行っている。
2.障害者雇用の経緯
最初に障害者を雇用したのは平成22(2010)年である。障害者雇用のきっかけとなったのは、障害者雇用納付金制度であった。企業が急成長し、それに伴い社員も増加した。このまま社員が増加すると障害者雇用納付金制度における法定雇用障害者数の不足(雇用率未達成)により障害者雇用納付金を支払うことになる。そこで、ハローワークと相談し、障害者雇用について検討を開始した。
障害者枠での最初の社員は身体(下肢)に障害があったが、日常生活においてほとんど支障がなく、雇用する際には、特段の配慮は必要としなかった。また、勤務形態や雇用契約等、個別の状況に応じて柔軟に対応しようとする企業の考えがあり、障害特性に応じた配慮を行う際にも、企業にとって大きな負担がかかるとは感じていなかったようだ。その結果、徐々に障害者雇用の枠を増やし、現在では9名の障害のある社員を雇用するまでに至っている。
3.障害者の業務内容
(1)教室運営の補助
現在、精神障害者3名、肢体不自由者2名、内部障害者1名が各教室の運営に携わっており、教室長の業務のサポートを行っている。具体的には、教室の座席配置表の作成や、塾生の個別ファイルの整理・保管、さらには講師を務めるなど、業務内容はさまざまである。教室運営の補助に入る社員は、基本的には教えることが好きな者が多く、得意な科目・分野を活かして教室運営に携わっている。自分の知識を塾生に教えることをとおして喜んでもらえることが、彼らのやりがいにつながっているようだ。
(2)事務
現在、本社で事務に就いている精神障害のある社員が3名おり、経理、財務、パソコン業務のサポートなど個々の業務内容はさまざまである。特に、本社での業務は多岐にわたるため、障害のある社員一人ひとりの個性に応じて業務の切出しを行い、得意な分野を活かした業務に就けるよう配慮を行っている。
4.具体的な取組
(1)個別の状況に応じた勤務形態や業務の検討
個別の状況に応じた勤務形態、業務内容を検討するため、採用面接から雇用契約を結ぶまでの間に何度も面談を重ねる。この面談の中では、障害に対する配慮事項の確認や、前職の経験や得意な分野などについても聞き取りを行い、それらを考慮した上で配属先や業務内容を検討、対象者に勤務時間や業務内容の提案を行い、併せて職場となる部署の見学を実施し、本人と協議を重ねた上で雇用契約を結んでいる。
スタンダードでは、この手続きに重きを置いている。特に精神障害(者)は、個別の状況や環境によって障害の状態が変化しやすく、さらに同じ疾患名であっても、その疾患の状態は個人によって差がある。よって、個別の状況を丁寧に把握し、職業能力として何を活かすことができるのか、この点に注力することが大切なのである。そのため、採用面接から実際に働き始めるまでの期間は、早くて1週間、長いときには1か月程度かかることもある。しかし、こうした協議(面談)を行うことが、障害のある社員の企業に対する信頼感につながり、企業も障害のある社員が抱える個別の状況について理解を深めることにつながるのだ。
Aさんは、勤続6年を迎える。Aさんの場合、採用面接から実際に働き始めるまでの期間は10日ほどであったが、その中で、コールセンターでの勤務経験や、パソコンショップの店長を務めた職歴について話していた。採用時、コールセンターでの経験を活かして家庭教師事業部に配属され、主に業務委託をしている講師からの電話の対応を行っていた。
しかし、顔の見えない相手に電話口で対応をしなければならず、次第につらくなっていったという。そのことを当時の上司に相談すると、丁寧に話を聞いてもらい、その後配置転換してもらえることになったそうだ。次の部署での業務は、パソコンの保守管理であった。これは、Aさんのパソコンショップ時代の経験を活かした配置転換であり、新しい教室を開校する際のパソコンの初期設定や、その後のユーザーサポートが主な業務である。また、以前から初期設定のための作業マニュアルはあったものの、パソコンのプログラマーが作成した難解な作業マニュアルであり、これをAさんは、誰が読んでもわかるような新しい作業マニュアルに作り変えた。
Aさんがパソコンの保守管理業務を担うまでは、新しい教室を開校する際には、新しいパソコンと作業マニュアルだけが送られていて、現地の社員は時間をかけてパソコンの初期設定を行っていた。しかし、Aさんが携わるようになってからは、パソコンの初期設定はAさんが本社で行い、新しい作業マニュアルとともに各教室に配送するように変更した。このことによって、現地におけるパソコン設定に要する時間が大幅に短縮され、現地の社員は別のことに時間を費やせるようになったのである。
このように、Aさんの得意な分野を活かした配置換えをすることで、Aさん自身も自分が会社の役に立っていることを実感でき、さらに会社としても業務の効率化を図ることが可能となった。一人ひとりに合った業務の切出しを行うことは、社内業務に精通していること、個人の能力を理解することが必要であり、手間のかかる作業である。しかし、いかに手間をかけられるかが、適材適所の人事を行うための要であるといえる。
(2)相談しやすい環境作り
障害者を雇用する際に配慮していることは、負荷をかけ過ぎないことだそうだ。管理職や人事部の社員は、日頃から障害のある社員の様子を気にかけており、気になることがあれば声をかけ、また、彼らからも話しかけやすいよう日頃からコミュニケーションを取るように心がけているとのこと。その会話の中から体調の変化やいつもとは異なる様子に気付き、早めに相談してもらうことで対処することもできるという。先ほどのAさんも、退職しようかと思い悩んだとき、上司に相談することができたからこそ、Aさんの職場定着が図られたといえる。特に、障害のある社員へのサポートとして、管理職が相談・調整役として機能しており、日頃から相談しやすい環境作くりに取り組んでいる。
(3)障害者就労支援機関の活用
過去に2名ほど、障害者本人からの希望で地域障害者職業センターのジョブコーチ支援を利用したことがあるそうだ。企業側の利点としては、採用時に対象者の障害特性や留意点をあらかじめ確認することができ、具体的な対処法などについて相談できる点である。また、支援を受ける対象者自身も、就職後も支援者に相談できるという安心感があるようで、安定して勤務することができていたようだ。
障害者の職場定着支援を考えたとき、専門的知識を持つ外部機関の支援があることは企業にとっても支えであり、相談できる場所があることは企業、利用する障害者の双方にとって安心材料となるようだ。
5.今後の課題と展望
障害者の雇用については、現在法定雇用率を達成しているため、新たな求人を出す予定はないとのことである。しかし、一般採用枠に障害者からの応募があれば、採用面接を行った上で判断をするとのこと。個人の能力を活かせる業務、配属先があれば障害の有無は関係がないという。
今後、スタンダードが取り組むことは、働き方の多様化だけではなく、研修メニューの充実を図ることだという。まだ新しい企業ということもあり、若い社員が多く、社員がキャリアアップしていける研修制度を整備することが課題である。多様なメニューを作り、社員が自分の興味やキャリアに応じたメニューを選べる仕組みも新設した。塾生への指導と同様に、社員のやる気も引き出せるような仕組み作りを目指している。
執筆者:九州産業大学 助手 新海 朋子
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