事業所外観

1．事業所の概要

タカノ商事株式会社は、三重県津市に昭和43（1968）年創設されて以来、約半世紀にわたり、ビルメンテナンス事業を中心に事業を展開している。その他にも保険代理事業、不動産売買仲介事業を行っているが、基本的には清掃業務などのビルメンテナンス事業が中心であり、全体の9割以上を占めている。

ビルメンテナンス事業の対象の建物は、三重県内の官公庁、医療機関、商業施設、ホテル、神宮など多岐にわたっている。一概に建物といっても、広さや形状も様々であり、商業施設のような不特定多数の人が利用する施設から、特定の人のみが利用する事務施設まで、その性格も多様であり、顧客からの要望も踏まえ、人数配置や時間帯を調整している。

日々こうした多様なニーズに応えていくために品質保証の仕組みであるISO9001の認証を取得し、より良い品質のサービスに努めている。仕事の大部分は人の手によるものであることから、必要な人材を地域に求めるとともに、高年齢者や障害者の雇用を積極的に進めている。特殊な作業については施設内で従業員に対して訓練する場合もあるが、基本的にはOJTでの訓練が中心である。

2．障害者雇用の経緯、背景

（1）協定書の締結

昔は知人の紹介を通じて障害者を雇用するケースがあり、現在に至るまで20年以上勤務している障害のある従業員もいる。しかし近年では、特別支援学校（以下「支援学校」という。）との連携により雇用に結びつけるケースが多くなっている。

きっかけとなったのは、平成20（2008）年に三重県教育委員会と一般社団法人三重県ビルメンテナンス協会との間で結ばれた協定書である。それ以前にも支援学校からの要望により個々の企業単独で清掃業務を指導することがあったが、良い取組であり協力の輪をより広げていこうという話になり協定書の締結に至った。

協定に基づき、以下の事項について相互に協力することとしている。

1. 作業学習等における教員及び生徒への技術指導及び助言
2. 研修プログラム及び教材等の提供・貸出し
3. 協会が指定する企業内での作業学習・職場実習
4. 職場実習にて協会の採用基準を満たした生徒の協会に所属する企業への就労

この協定に基づき、支援学校の高等部の生徒に対して協会会員企業が清掃作業の指導を行い、その後就労支援に結びつける流れが生まれた。なお、当社の社長は三重県ビルメンテナンス協会の会長でもあり、幹事会社として積極的に事業を展開している。

生徒への技術指導に当たっては協会からの講師派遣が多くなるので、支援学校に近い会員企業が分担して講師を派遣するなどの調整を行っている。また、普段は支援学校の教員が清掃方法を生徒に教えることになるので、教員に対しても清掃指導の方法を教えている。

（2）技能検定

清掃指導の内容が企業ごとにバラバラだと困るので、協定締結に合わせて、技能検定を立ち上げ、統一的に指導することとした。

技能検定は三重県教育委員会の認定という形になる。技能検定は年に2回開催し、1回あたり約100名程度参加している。現在、県内の7校の支援学校が参加している。技能検定の種目はテーブル拭きや水拭きモップなど6種類あり、それぞれ1級から10級の等級がある。これにより、生徒自身が、種目、等級を決めて、「次は〇級を目指そう」という目標ができた。さらに、就職の際に等級を履歴書等に書いて具体的にその能力を示すことが可能となった。

技能検定の内容も改訂を繰り返している。最初は手探りだったが、検定を重ねるごとに、教員、生徒からの様々な意見、質問を反映して改善を重ね、例えば、ホウキの掃き作業についても右利きだけでなく、左利きの場合の作業手順を追加するなどしている。

技能検定は清掃業界の人材確保に資するだけではなく、思わぬ効果もあった。清掃業界以外の一般の企業からも、清掃業務ができる人材として重宝されはじめたのだ。清掃はどこにでもある作業なので、清掃業界のみの「業」としてだけではなく、一般の企業における障害者自身の「スキル」としても評価されている。

（3）取組の成果

協会員各社が協定に基づき、支援学校で清掃技能を指導し、生徒の技能を高め、清掃技能検定で評価し、就業に結びつけるという大きな流れができた。

当初は就労まではつながらなかったが、今では当社の即戦力として雇用することができるようになっている。また、次第に評判が広がり、清掃ができる障害者ということで清掃業者以外の一般の企業からも引き合いが強くなっている。

協定事業により清掃指導を受け、アビリンピックに出場した生徒もいる。その後、当社に就職したいと希望して入社した障害のある従業員もいる。また、会社に入ったのちにアビリンピック全国大会に出場した障害のある従業員もいる。生徒に清掃業界に興味を持ってもらい、その生徒に雇用の門戸を開くことになった。

当社でも支援学校から体験の場として多くの職場実習を受け入れている。職場実習の機会を与えて「思っていたものと違う」というようなミスマッチがないようにしている。

3．障害者の従事業務等

（1）従事業務

当社では現在、身体障害のある従業員2名、知的障害のある従業員3名を雇用しており、官公庁施設、民間の事務所ビルでの清掃業務に従事している。仕事の現場は県内各地の建物であり、基本的に清掃の現場に直行直帰して始業時間から終業時間まで現場で過ごすことになる。

勤務時間は基本的には8時から4時半であるが、ビルの利用者よりも少し早めに出勤し、清掃することになる。お昼もビルのオーナーの理解を得て食堂で食べることもある。比較的大規模な現場での勤務例は、以下のとおりである。

清掃業務といっても清掃だけをしていれば良いというものではない。清掃業務をする者は、いわばビルの職員の一員になるので、一般の来訪者からフロアの場所を聞かれる場合もあり、対人コミュニケーション能力も現実には求められる。見た目では障害があると分からないことも多く、悪気はないものの利用者が話しかけたのに無視されたと勘違いされる場合もある。このような場合は、利用者や顧客の理解を得られるようにできる限り説明することとしている。

清掃の様子（1）

清掃の様子（2）

（2）就業上の支援

当社の基本姿勢は、障害のある従業員でも障害のない従業員と同様に特別視はしないということであるが、当然、生活面を含めて陰ながらも配慮、見守りを行っている。

清掃業務の現場は、10人の現場もあれば1人の現場もある。1人職場で働いている障害のある従業員もいるが、急に何か言われるとパニックになる障害のある従業員もいる。そのため、障害の状況に応じて複数人の現場にするという配慮を行っている。

視覚障害のある従業員へは細かい清掃作業を控えることとしている。例えば外回りの草刈りなどに従事するなど作業内容を考慮している。

また、顧客（ビルのオーナー）の理解を得ることも大切である。例えば聴覚障害の場合には、「耳が聞こえにくいので大きな声で伝えるように」といったことを事前説明して相手に確認することが大事である。

同僚や周りの理解も重要である。コミュニケーションが難しい障害のある従業員や、どうしても忘れ物をしてしまう障害のある従業員もいるので、例えば道具を忘れていないかを同僚が確認するなどのフォローも行っている。

（3）生活上の支援

当社には障害者施設から通勤している障害のある従業員、施設を出て一人暮らしを始めたばかりの障害のある従業員もいる。担当者が「障害者職業生活相談員」の資格を取得し、必要な薬をきちんと飲んでいるかなどのアドバイスや、職場からの行き帰り、休日の過ごし方などを気にかけている。

当社は、障害者相談支援センターや社会福祉協議会、市役所など関係機関と共に、支援、見守りを行っている。これらの支援機関の間で協議する場を設け、生活上の問題や困ったことがあったら、現場に来てもらったり、解決に向けて話し合ったりしている。

（4）障害者雇用の効果

障害のある従業員自身が、自分のポジション、役割をきちんとこなせるようになることが、当社の責務と考えている。その結果、一人の従事者として自分の役割を果たすようになり、今の人手不足の中で大事な戦力となっている。

障害のある従業員は、周りが思っている以上にしっかりしている。業務に慣れてくると「もうちょっとこうした方が良い」など積極的に改善を提案したり、意欲的に新しい作業を覚えようと自分なりに考えたりしている。清掃業務というと簡単に思われるが、実際には様々な道具を使い、多くの工程があり、次第にできることが増えてくる。最初はテーブル拭き、ホウキで掃くことから始まるが、そのうち大型のモップでの清掃、水拭き、器具を使ったガラスの清掃、掃除機掛け、へとだんだん向上していく。今では知事室の清掃作業も任されるようになっている。

障害のある従業員は、さぼることなく常にひたむきに一生懸命作業に取り組んでいる。タオル一つ折るにも、端を折るように指導すると、端と端を非常にキッチリと折ることができる。こうした姿は、顧客からも高く評価されるとともに、社内での認識も変わってきた。

なお、障害者の雇用に当たって国の助成金も活用しているが、雇用した以上、一生涯にかかわるものとして捉え、雇用の安定と継続を図っている。

4．今後の課題と展望

当社に入社した以上は、仕事で生計を立てて自立できるように自分のポジションをしっかり確立してもらい、会社にとって自分がなくてはならない存在になるように、様々なことを吸収して必要な人材に成長して欲しいと願っている。このためにも障害のある従業員にもっと活躍の場を提供したいと考えている。

三重県では入札の評価項目に、「障害者の雇用状況」を取り入れ評価している。このように、障害者雇用に力を入れている企業を社会的に高く評価する制度が広まれば、もっと障害者雇用が広がっていくのではないかと考えている。

執筆者：三重大学 人文学部 法律経済学科　准教授　石塚　哲朗