事業所外観

1．事業所の概要

大阪市にあるシャープ特選工業株式会社（以下「シャープ特選工業」という。）は、昭和57（1982）年に設立されたシャープ株式会社の特例子会社である。昭和25（1950）年に設立された「合資会社特選金属工場」（昭和38（1963）年には「合資会社早川特選金属工場」となる）を母体に昭和52（1977）年に日本で初めて特例子会社の認定を受けた「特例子会社第一号」である。今回は、シャープ特選工業を訪問し、持永代表取締役社長、上田管理部取締役部長、石垣管理部総務課課長、青野生産部部長にお話をお聞きし、聴覚障害のある社員のスキルアップ研修のミーティングの様子を見学させていただいた。

2．障害者雇用の経緯、背景

同社は、早川徳次シャープ株式会社創業者の「何かを施す慈善より、障害者自身で仕事をし、自助自立できる環境をつくることが福祉につながる」という信念のもと、太平洋戦争中に戦争で失明した軍人のために設けられたプレス加工工場を前身として昭和25（1950）年に設立され、現在に至っている。

「身体障害者は、適材適所に配慮すれば決して「健常者」と能力の差はない。」という創業者の思いを、今日に至っても実践している。

3．障害者の従事業務、職場配置

障害のある社員56名のうち、約4割にあたる23名が聴覚障害のある社員で、その多くは製造業務に従事している。聴覚障害のない新入社員は、入社当初は手話が分からず戸惑うこともあるようだが、そのうち仕事で必要なやりとり程度は、聴覚障害のある社員と接する中で自然に身につけていくという。「創立当時は社内に手話サークルも存在し、聞こえる社員はそこで手話を学んでいましたが、仕事をしていく中で手話が浸透し、聴覚障害のある社員とのコミュニケーションをする中で、手話サークルで学ばなくてもみんなが自然に手話を使えるようになってきました。」と上田部長は語る。それにしても、聴覚障害のある社員が、手話の分からない後輩に作業を教えることについて、コミュニケーションの面で非効率ではないのだろうか、率直に青野部長に尋ねてみた。

「聴覚障害のある社員は、自身が分かりにくい中で仕事を覚えてきているので、教える側に回ったときに、相手が何が分かりにくいのか、ということをよく理解しています。なので、教え方が丁寧だし、分かりやすいんです。」と青野部長は言う。

4．取組の内容～スキルアップ研修について～

スキルアップ研修は、聴覚障害のある社員の人材育成を目的とし、平成27（2015）年の秋から始められた。現在、聴覚障害のある社員が中心となり1～2か月に1度1時間30分程のミーティングが行われている。

発端となったのは、聴覚障害のある社員Tさんからの提案であった。「聴覚障害のある社員が中心となって研鑚をする場を設けてほしい。」彼はそれまで10年ほど、同社で働いていたのだが、自分を含め聴覚障害のある社員が職場で立ち遅れていると感じていた。「みんなが活躍しやすい環境を作っていきたかったんです。」とTさんは語る。こうして、Tさんの提案をふまえ、社内で検討をし、聴覚障害のある社員のスキルアップ研修が始まった。当初は、聴覚障害のある社員の中でも役職についている者を中心にミーティングが行われていたが、若手の育成を目的とし現在では次期リーダーになりそうな社員8名ほどで進められている。また、ミーティングには聴覚障害のある社員以外に、手話の堪能な石垣課長などもメンターとして加わり、必要に応じアドバイスを行っている。メンターが自分の意見を押し付けるのではなく、非常にうまく聴覚に障害のあるメンバーの意見を見守り、タイミングよくアドバイスをする姿がみられた。

今回見学をさせていただいたミーティングのテーマは「そもそも聞こえない人とはどんな人？」であった。聴覚障害者が集まって、「聞こえない人とは？」というテーマとは、いささか疑問に思う人もいるかもしれないが、日本人が「日本人とは？」ということを考えるのと同様、とても奥の深いテーマである。単に聞こえない人について考えるのがこのミーティングの目的ではない。このミーティングの目的の一つは、聞こえる社員に自分たちのことを理解してもらうことである。その目的のために、まずは「聞こえない人とは？」ということを整理しているのである。目的があり、そのためにまず何が必要かということを順を追って論理的に解決をしていく。このミーティングを重ねる中で、メンターにアドバイスを受けながらメンバーがスキルを身につけることになる。「当初は、ミーティングといっても何をどう進めたらよいか分からず、意見もあまり出ず大変でした。」メンバーの一人はいう。

一言で「聞こえない人」といっても多種多様である。ミーティングでは、日本手話、日本語対応手話、口話、筆談などコミュニケーションの方法やデフファミリー(親もろう者の家族)出身かどうか、ろう学校を卒業しているかどうか、など様々な視点からその多様性を確認していた。

例えば、ミーティングで聞こえない人の中にも文書の読み書きが得意な人と苦手な人がいるということが話題になった。文書の読み書きが苦手な人に読み書きを教えたらよいとか、単に苦手な人がいることを知ってもらうということではない。ミーティングでは、親も含めて周りの人が手話ができたため、筆談の必要がなかったなど、なぜその人が文書の読み書きが苦手であるのかという教育や生育環境（生育の背景）などを整理して聞こえる人に理解してもらおうということになった。

このことについて、持永社長は「単に表面的な問題を処理するのではなく、彼らはその背景に目をやり原因を追究する視点が身についている。このミーティングで学んだことである。」と評価をする。

ミーティングの内容は多岐にわたる。例えば、昨年の忘年会は、予約、司会、進行、出し物などを全て聴覚障害のある社員が担当した。一般的に会社の忘年会というのは、聞こえない社員にとっては、「つまらないもの」であり、配慮のある会社であっても「気を使う」ため、聴覚障害のある社員の参加が少ない場合が多い。4人に1人が聴覚障害のある社員というシャープ特選工業でも状況は似たようなものであった。そこに問題意識を見出し、聴覚障害のある社員が中心となって進める忘年会を企画したのである。それは、単に聴覚障害のある社員が楽しみたいという発想を超え、社員同士の「和」の高まりが、会社の生産力向上につながるという思いに達していたからである。結果は大成功を収め、多くの聴覚障害のある社員が参加し、忘年会を楽しむことができた。また、参加した社員全員が障害の有無に関わらず、今までにあまり接していない様々な社員と交流ができた。さらに、忘年会の企画運営に携わった聴覚障害のある社員たちにとっては、企画や運営を肌で経験するよい機会ともなったという。

Tさんは「ともすれば、聴覚障害者と聞こえる人とのやりとりは、メールや機器を入れ文字化をすればそれで解決というふうに思われがちですが、はたして、それでいいのか、もっと人と人とが向き合って顔を合わせてコミュニケーションをすることで、つながっていく面が重要ではないかと思っていたんです。だから、この企画がうまくいってよかった。」と語る。

5．取組の効果、障害者雇用のメリット

聴覚障害のある社員の提案に対し、就業時間を割き、場所を提供し、メンターまでつける。費用対効果はあるのかと疑問に思っていたが、見学や説明を聞く中で、その疑問は払拭されていった。スキルアップ研修を行うことで、メンバーは企画運営や論理的な思考を身につけ、人前でのプレゼンテーション力も確実に向上している。メンバーが身につけたことは、この研修のメンバー以外の聴覚障害のある社員にも浸透しており、聴覚障害のある社員の働く姿勢も向上したという。

そして、聴覚障害のある社員が働きやすい環境を整備することは、単に聴覚障害のある社員のためだけのもではなく、誰もが働きやすい職場環境を整備することであり、職場のチームワークを高めていくことにつながる。シャープ特選工業では、皆そのことをこのスキルアップ研修で実感している。

今回の取材を通し、上司からのトップダウンではなく、社員からのボトムアップの提案を汲み取り、職場環境の向上につなげていく姿勢に事業所としての力を感じた。

執筆者：関西学院大学　人間福祉学部　非常勤講師　平　英司