事業所外観

1．事業所の概要、障害者雇用の経緯

（1）事業所の概要

社会福祉法人 高知県知的障害者育成会は、昭和37（1962）年9月に設立され、その後、グループホームや通所施設を開設し、また、障害者就業・生活支援センターを開設し、現在17の運営施設がある。

『障害のあるなしにかかわらず、一度きりの人生を、その人らしく送ることが可能になるように努めます。』の理念に則り、『本人・家族の視点に立ったライフステージを支える応援体制の構築』を運営方針にして、利用者、家族に対してきめ細やかな福祉サービスを提供し、本人及び家族が笑顔で暮らせる事を常に念頭に置き、多様な福祉サービスの充実に努めるようにしている。

そして、平成20（2008）年12月に多機能事業所「アオ」を開設し、指定共同生活援助事業（介護サービス包括型）・就労移行・就労継続支援B型事業指定を受けた。

この多機能事業所「アオ」が、今回の難病患者Aさんが勤務する事業所である。

（2）障害者雇用の経緯について

ア．

Aさんの発症及び症状について

6年半ほど前、Aさんは突発性難聴で突然左耳が聞こえなくなった。しばらくするとめまいを発症し耳鼻科を受診するが、原因についてははっきりしたことがわからず、ステロイド等の治療をするのみとなった。

発症当初は、聞こえづらいだけではなく、耳鳴りや回転性のめまい、吐き気があり、1週間ほど入院することとなった。退院後も心因性のものなのか、不動性のめまいや体中の痛み、不眠などの症状も出始め、結果として1年半くらいの間、寝て過ごす生活となった。

その後、なかなか社会に出る勇気を持てなかったが、「このままではいけない」と考え、少しでも社会に出ようと、ホームセンターで1日4時間のアルバイトを始めた。めまいと闘いながらであったがやり切ったことで自信が付き、フルタイムの仕事をするようになった。多機能事業所「アオ」に採用になったのは、その後である。社会から離れた1年半の療養生活から1日4時間働くことになるときが一番不安だったと、Aさんは振り返る。

今も難聴に加え、耳鳴りが残っている。女性の高い声は聞き取りづらく、男性の低い声は比較的聞こえやすいが、それでもプールの中でしゃべっているような感じでしか聞こえない。そのため、当初はなるべくなら電話を取る仕事は避けたいと考えていた。

イ．

多機能事業所「アオ」の状況について

多機能事業所「アオ」においては、利用者対応に際し職員が不足していたため平成27（2015）年10月に職員募集を実施したが、その後、組織的な事情により、採用を少し遅らせる必要があったため、一旦、採用活動を断念せざるを得なくなっていた。

Aさんも基本的には採用されることを急いでおらず、この点でタイミングが合った。実際に採用になったのは、平成28（2016）年3月だった。

生活支援員の仕事は多岐にわたる。利用者の生活習慣の形成から日常生活の管理、通院同行、健康及び金銭管理支援に加え、関係機関との連絡・調整を行ったりする。その中で、単に利用者を介護するのではなく、支援をしていく必要がある。利用者の毎日の喜怒哀楽に、単に付き添うだけではなく、どう「寄り添うか」が重要であり、この「寄り添う」ことを事業所としては大事にしている。

多機能事業所「アオ」の所長は、Aさんを見て、明るい人柄を一番に感じた。また、前向きさも兼ね備えているという印象を受けた。愛玩動物飼養管理士という動物飼育に関する資格を有しており、人としてやさしく接してくれると期待できるAさんの持つ人柄（個性）が、事業所が求める人材像と合致していた。

突発性難聴については面接時に聞いたが、特別の配慮を求めないAさんの姿勢に、難病さえもAさんの個性と捉えることができた。

2．取組の内容と効果

（1）仕事中のAさんについて

Aさんは、家から職場まで車で通勤しており、10分くらいで職場に着く。車の運転については、通常どおり行える。

朝8時45分から始業し、8時間勤務のフルタイムで働いている。残業が発生することもあるが、土日祝日休みで、休みの日はのんびりし、遊ぶときは遊ぶようにして気分転換している。

一般的な生活支援員と同じようにAさんの仕事も様々で、利用者の付き添いで病院に行くこともあるが、通院だけで丸1日費やすこともある。利用者のお金の管理（事務対応）も行い、グループホーム等も回っている。利用者64人に対して職員全員で対応するようにしている。

突発性難聴は、目に見える身体の障害と違って他者には非常にわかりにくい疾患であるが、本人の性格が明るく、周りの配慮を必要としないくらいであるため、Aさんの症状を知らない人もいる。しかし、付随する症状として、左右のバランスが取れず、方向が判断できなくなることがある。例えば、左側で鳴っている電話も右側からしか聞こえないので、音のする方向がわからず、名前を呼ばれても違う方向を振り返ってしまうことがある。

また、エアコンやコピー機の音、大声があると、それだけで他の声が聞こえづらく、右耳での受話器越しであっても話が聞き取りにくい。

こうした状況に加え、耳鳴りもあることから、具合が悪くなったときは、静かな環境に移動するようにしている。

Aさんのデスクの様子

（2）所長による職場の環境作り

仕事内容が人と関わる仕事であり、利用者に対してはマニュアルどおりの対応では解決していかないことから、職場の雰囲気作りが大事であると、所長は考えている。ハンデを意識しない職場作りを心がけ、職員が笑い、自然体でいられるようにするにはどうしたらいいか考え、実践するようにしている。

そのためにまず、毎日、朝礼と夕礼を行い、利用者の状況の確認とその他の職務の注意点を職員に周知している。各部署で月1回、全体でも月1回会議を開いている。その際、自分の価値観だけではなく、利用者の価値観を大事にするよう併せて指示している。お互いを認め合う職場作りを心がけ、自己判断で動かないようにすることを周知し、職員自身にも考えるようにしてもらっている。

いろんな個性が認められるような職場環境が形成された結果、Aさんの症状も一つの個性として受け入れられるような職場であったために、違和感なく職場に馴染んでもらうことができた。

先述のとおり、職場内ではAさんの症状について、特にオープンにはしていない。職員で知らない人もいる。しかしオープンにしてもしなくても、本人も周囲も気にしない職場の雰囲気が、そこにはできている。

もちろん本人から配慮の申し出があれば職場全体で対応するが、そういった申し出は、本人が望んでいない。

徹底した情報共有とお互いを認め合う職場環境作りが、業務を遂行していく上でも、特定の症状を持つ人を受け入れる上でも、最も大事であることを感じている。

特別な配慮とまではいかないが、職場環境作り以外でAさんの業務が円滑に遂行できるように配慮していることは、以下のとおりである。

• 気圧の変化に弱いので、飛行機や新幹線を使う長距離の出張は、事業所として命じない。
• 山道を車で走る場合も、気圧の変化のせいか、多少症状に影響がある。山を越えるあたりで調子が悪くなるので、極力、遠出はさせない。
• 会議のときは、右の耳で聞き取りやすいよう、左端に座ってもらうようにしている。これは本人が自発的に実施している。

3．今後の展望と課題

しんどい思いをするときもあるが、利用者と接することで楽しいこともたくさんあり、「日々、利用者さんに助けられている。」とAさんは言う。

利用者の言動は思春期のそれと似ていると感じており、人より反抗期が強かった経験から、そのときの思いを忘れないようにと心がけている。青少年犯罪・非行を大学の専攻にしていたので、業務に生かしたいと思ったことも忘れないように心がけている。

症状は継続し耳鳴りもあるものの、本人の努力、工夫とお互いを認め合う職場環境があるおかげで、想定外のハプニングも受け入れられると言う。

この先、ファイナンシャルプランナーと社会福祉士の資格を取り、仕事に生かしたいと考えている。

現在は臨時職員だが、先を見据え、そのときにもっと役に立てるようにと目標を掲げて、日々職務に取り組んでいる。

そんなAさんに、所長は、障害のない人とは違う形で利用者を見ることができることを生かして、利用者にもっと寄り添って、もっと長く仕事を続けてもらいたいと願っている。

執筆者：独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構
高知支部　高齢・障害者業務課　伊藤　辰雄