事業所外観

1．事業所の概要、障害者雇用の経緯

（1）事業所の概要

株式会社まつのは、宮崎県の宮崎市内で3店舗を展開するスーパーマーケットである。昭和28（1953）年5月に松野商店を大塚町で創業し、平成6（1994）年2月に株式会社まつのに組織変更し、現在は宮崎市大塚町、恒久、西池町に店舗を構える。

「お客様第一主義で、地域から感謝され、地域から誇られる良きお店を目指す」を経営理念として、地域のお買い物の場・憩いの場を提供している。「報恩感謝、損得より善悪」との社是をもとに積極的に地域貢献をしている。また、地域の生産者から仕入れた農作物とともに、近くの障害者就労継続支援事業所が製作した商品も同じように陳列・販売している。

（2）障害者雇用の経緯

15年程前にハローワークより、松野社長へ障害者雇用の依頼があり、社内会議で検討をした。従業員が障害のある人への教育・指導の方法を勉強し、コミュニケーションの取り方を学ぶことで、お互いが成長できると考え初めての障害者雇用に至った。

その後、ハローワークや障害者就業・生活支援センター（以下「支援センター」という。）、就労移行支援事業所（以下「移行支援事業所」という。）と連携し、他の店舗でも雇用できないかと考え、職場実習（以下「実習」という。）の受け入れを開始。現在、障害のある従業員4名のうち、1名は1日6時間勤務で社会保険にも加入している。また、現在トライアル雇用期間中の障害者が1名在籍している。

2．取組の内容

（1）職業適性について

「障害者ができる仕事を切り出して就いてもらう」という考えは全くなく、障害のある人それぞれの得意なことや興味・関心のあること、やりたいことなどをくみ取り、本人の意思を尊重して業務内容を決めていく方針としている。

店舗内で行われる作業のすべてを事前に見学し、「こういう作業をやってみたい」と興味を示したものに対して、まず体験をしてもらうことにしている。体験をしながら、その作業が自分に合っているかどうか本人に判断してもらっている。

障害者本人のやる気や意思を最大限に尊重することが仕事を続けられるためにも一番大切であると考えている。

実習やトライアル雇用期間中にAさんは鮮魚部門に関心をもった。包丁を持たせる事は危ないのではないと思っていたが、鮮魚部門の従業員が丁寧に指導をし、包丁の使い方もどんどん上手くなっていった。さらに魚をさばくことにも挑戦し、今では鮮魚部門に欠かせない人材となっている。刺身のパック詰めも担当している。

鮮魚売り場の様子

（2）従業員への障害理解教育について

同じ障害、同じ疾患でも一人ひとり得意・不得意があることを事前に教育されている。実習受け入れの際にも思い込みを排除し、同じ作業をしながら本人の興味やサポートについて、店長をはじめ従業員と一緒に協議をしている。

また、どのような工夫をしたら良いか判断に困る際には、移行支援事業所の職員と連携し、実際に店舗での作業を見ながらサポートの仕方を個別に作り上げている。

特に、精神障害のある従業員は、見た目では分かりづらい障害であるため、何が困難であるかを把握することが難しいと感じることがある。このために全ての従業員で積極的に障害のある従業員とコミュニケーションを図り、特性や困難さを知ることを大切にしている。

障害があっても、その人の仕事に対する真っ直ぐな姿勢を評価し、働く意欲を尊重している。一つの作業に集中して取り組むので、少しずつスキルアップし、以前は「障害者には難しい仕事ではないか」と考えていた業務も、現在ではできるようになったことで、障害への偏見もなくなった。

（3）合理的配慮について

2年前に入社したBさんは青果部門に関心を持った。しかし、売り場の陳列方法について口頭指示では分かりづらい様子で、スムーズに陳列することができなかった。

Bさんが以前に利用していた移行支援事業所に連絡し、職場定着支援の担当者と店舗内で協議した。野菜の陳列は時期によって陳列場所が変わるため、覚えることが難しい。Bさんに分かり易く説明することができないかと協議し、陳列レイアウト表を作成することにした。レイアウト表には、野菜の種類を記載してBさんに渡し、説明することで陳列作業がスムーズにできるようになった。

陳列レイアウト

野菜売り場の様子

また、売り場に出ると接客対応を求められる。お客様に迷惑がかからないように配慮しなければいけない。Bさんはコミュニケーションが苦手なため、お客様からのお申し出に対して不安感をもつようになった。そこで、実習中は「研修中」と分かる名札を付けるようにした。

するとお客様からBさんをはじめ、障害のある従業員に対して、直接お申し出をされることはなく、安心して売り場での作業ができるようになり、徐々に売り場に慣れることができた。様々な工夫を重ね、現在は安心して業務を任せられるようになった。

一緒に仕事をしていくなかで、障害のある女性の従業員が「トイレに行きたい」ということを他の従業員に伝えにくい様子に気が付いた。少し休憩を取りたいと思ってもなかなか言えない様子であった。

そのため、言葉ではなく「2番に行ってきます」など、数字で伝えてもらうことを提案し、そのことを従業員全員で共有した。その後、本人も困ったときには数字で伝えるということに慣れ、コミュニケーションが図り易くなった。言葉の伝え方を工夫することで本人もより働きやすい環境になった。

現在では障害のある従業員4名とも、商品陳列やパック詰め、バックヤードでの作業など、障害のない従業員と変わりないほどの就労能力を発揮している。

ツールを用意するなどの工夫で、スムーズに働けるようになることを知り、従業員全員が障害者雇用の可能性を実感することができた。

職場定着に関しては引き続き支援事業所の職員と連携し、本人の困り感などの聞き取りを行いながら、働きやすさを実現している。本人のご家族にも仕事の様子を報告すると、大変喜ばれていたとのことであった。職場定着のために家族との連携も欠かせない。

3．取組の効果、今後の課題と展望

（1）研修内容の見直し

障害者雇用をする以前も、従業員研修をしていたが、障害者雇用を始めたことで指示の伝え方や報告・連絡などについて、今までの研修内容に足りない事項に気付くことができた。

それは、障害があるから必要な指導なのではなく、障害のない従業員についても必要な内容であることが分かり、研修に取り入れたところ業務改善に繋がった。一緒に仕事をするとたくさんの気付きを得ることができ、それが従業員全体に還元されている。

（2）地域の支援者との連携

支援センターや移行支援事業所などの地域の支援者と密に連携をしており、不安な点や困った事案についても相談をすることができ、本人と一緒に解決策を考えるようにしている。少しの工夫やサポートでも仕事面での困難さを解消できたり、作業効率が向上したりすることを知り、障害のある従業員も障害のない従業員も安心して働ける職場づくりを実現している。職場で働きながらも地域の資源とのネットワークで障害のある従業員をサポートできる体制を整備しており、すぐに相談に応じてくれる支援者の存在は大きい。

障害のない従業員と変わりない仕事ができることで、通常シフトで勤務をしており、障害があるからという特別な扱いをする必要はない。

（3）今後の課題と展望

障害のない従業員と一緒に働くこと自体が、障害のある従業員が抱える生きづらさや精神疾患の症状をやわらげることになっているのではないかと考えている。この職場がリカバリーの場になっていると強く感じている。

一緒に働くなかで、新たな夢を持った障害のある従業員もいた。その夢の実現のために地域の支援機関と協力しながら、職場から送り出すこともできた。

これからも障害者雇用を進めるなかで、障害のある従業員本人のもつ可能性をどんどん発揮できるように工夫をしてきたい。また、周りの人が思う以上にできることがどんどん増えていくことに気づくこともできた。これからも積極的に障害者雇用をしたいと考えている。

執筆者：特定非営利活動法人 宮崎こころリンク
代表理事　日髙　信明