整備された職場環境の中で自立への支援を展開している事例
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本部施設の外観
1.事業所の概要
(1)設立
社会福祉法人杉和会(以下「同法人」という。)では、平成10(1998)年5月老人福祉施設の運営を目的として、不破郡関ヶ原町に特別養護老人ホーム「優・悠・邑」とデイサービスセンター「えりかの里」を設立(本部施設)。以来17年の実績を経て、平成26(2014)年4月大垣市内に特別養護老人ホーム「優・悠・邑 和合」を新設(和合施設)した。
(2)事業概要
特別養護老人ホームは本部施設入居90床、和合施設入居80床、ショートステイは本部施設20床、和合施設18床、年中無休で35人受入デイサービスの介護サービスと地域貢献活動を総勢150人の職員で運営している。
介護サービスでは、「リスク検討」「入浴」「食事」「排泄」「身体拘束対策」「感染症対策」「褥瘡対策」の7つの専門委員会にて課題や対策を検討し、職員全員で実行することにより、地域の利用者に高品質で科学的な介護サービスの提供に努めている。
また、地域貢献活動は、社会福祉法人の使命であり「地域に安心を提供」することであるとして「地域貢献」「行事・余暇」の2つの専門委員会を中心に、入居待機者の家族負担軽減支援としての「介護者教室」の開催、「各種イベント」に地域住民招待、地域の各種会合への施設開放、「ポップコーンの出前演奏」、「小学校の運動会観戦と参戦」等、地域との交流とともに、地域からの各種要望などの情報収集も含めて積極的に取り組んでいる。
(3)理念
「今日一日、楽しかったよ」
入居者さんや利用者さんの願いや思いを形にするためには、日常的に家族をも取り込んでのコミュニケーションの充実による信頼関係が大切である。その信頼関係を確立するために職員一人ひとりが、何を成すべきかを考え実践することが大切である。2.障害者雇用の経緯
同法人の考える社会福祉法人の地域貢献とは、福祉サービスの供給確保の中心的な役割を果たすだけでなく、法人の有する人材や施設・設備などの資源を活用し、高齢者・障害者・子供など地域住民の頼りとなる地域の拠点の一つとなり、誰もが住み慣れた地域でできる限り健康で安心して生活できるように普及促進を図るものである。
これらには、障害者や高年齢者の雇用や就業支援も含まれるが、単に就業の機会を提供するだけでなく、就業を通じてスキルアップや自立につながるまでの支援を提供すべきであると捉えている。
しかし、景気回復にともなう労働力需要の高まりと、少子高齢化による労働人口そのものの減少により「看護・介護」の分野も人材不足の業界の一つとされ、人材の確保が大きな課題となっている。その背景には、3K、5Kと称される職場や処遇面があげられている中、公共交通機関のない立地条件も加わり人材確保は窮地に陥っていた。
そこで、障害者も高年齢者も含めて「この職場で働きたいという希望と共感が醸成された」魅力的な職場の実現に向けて、職場環境の改善と福利厚生の充実に取り組んだ。
職場環境の改善では、介護サービスに7つの専門委員会を設置して、改善策の企画立案と実践に結びつけた。その代表例が北欧式トランスファーテクニック(ベッドの上で横たわる入居者を持ち上げるのではなく、スライディングシートやスライディングボードで車いす等に移動)の導入であるが、従来と方法が大きく異なることから、職員や入居者からの戸惑いがあった。しかし、一部の入居者から“職員さんの負担が軽減されることを知って、気持ちが楽になった”の一言で雰囲気が一変し、職員の職場定着につながっている。本方式の導入後は、職員からの腰痛の訴えがなくなるとともに、介護職員等の腰痛回復につながることを知った全国の同業他施設から研修依頼が届くようになった。また、入居者の体調に合わせた入浴や日中のベッド上でのオムツ交換ゼロ等、各専門委員会の活躍により、職場は大きく改善され、職員に働く意欲の向上と気持ちの余裕が生れた。
北欧式トランスファーテクニック
(実習風景)福利厚生の充実では、EPA(経済連携協定)による介護福祉士候補生を受け入れるためのアパート(1K20部屋)の建設、子育て支援のための事業所内保育所の設置など個人の生き方を尊重した職場環境の改善につながっている。
さらなる改善の取り組みは必要であるが、職員全員が誰に対しても思いやりを持った中で、業務に切磋琢磨ができる組織風土が醸成され、障害者も高年齢者も安心して働ける職場環境を整備したことから、障害のある職員や高年齢の職員を迎え入れる体制は整ったと判断して雇用を開始した。
3.取組の内容と効果
(1)募集・採用
- ア.
- 募集に関しては、ハローワーク紹介、特別支援学校生徒の実習受入、就労移行支援事業所(以下「移行支援事業所」という。)紹介、同法人ホームページの4つの経路が活用されている。
- (ア)
- ハローワークの場合は、障害者専用トライアル求人にもとづき紹介を受ける。
- (イ)
- 特別支援学校の場合は、希望者の職場見学を行い、実習への参加意思を確認し、定められた手続きや規則に沿って実習を実施する。
- (ウ)
- 移行支援事業所の場合は、対象者の障害特性やハローワーク提出の求人内容とのマッチング(適合性)を確認し、紹介を受ける。
- (エ)
- ホームページからの場合は、障害者差別禁止法施行前から障害の有無にかかわらず同等に対応し、応募者全員に対して面接を実施している。
- イ.
- 採用の要件として「本人のヤル気」を重要視している。本人の職業的自立にも影響することから、トライアル雇用や実習期間等を通じて「熱意を持って業務に取り組むことができるか」を確認している。
(2)障害者の業務・職場配置
- ア.
- Aさん:視覚障害
Aさんは、ハローワークからの紹介で平成22(2010)年2月から短時間雇用とした。業務内容は、本部施設のデイサービスにおいてマッサージ業務を担当している。利用者の特徴把握と巧みな話術で利用者の心のケアも含めて業務に励んでいる。
Aさん
- イ.
- Bさん:精神障害
Bさんは、移行支援事業所からの紹介で平成27(2015)年4月から短時間雇用とした。業務内容は、和合施設においてクリーニング業務を担当している。毎日搬入される大量の洗濯物をメンバーとともに、気持ちよく使っていただけるように、心を込めて業務に励んでいる。
- ウ.
- Cさん:肢体不自由
Cさんは、ハローワークからの紹介で平成19(2007)年2月から常用雇用とした。業務内容は、本部施設の事務所内でパソコン技能を活かしたパソコン業務を担当している。松葉杖使用者であることから積雪時の屋外移動には配慮が必要であるが日常の通勤や業務遂行には全く問題はなく業務に励んでいる。
Cさん
- エ.
- Dさん:知的障害
Dさんは、平成27(2015)年4月に実習を終了した新卒生で常用雇用とした。業務内容は、和合施設において介護業務を担当している。平成28(2016)年4月に岐阜障害者職業センター(以下「職業センター」という。)において雇用対策上の重度知的障害者に該当するとの判定を受けるも、継続して介護業務に励んでいる。
Dさん
(3)個々人の課題への対応と効果
- ア.
- Aさん
Aさんは、ハローワークから食と住が確保でき、マッサージ資格が活かせる事業所として紹介された。しかし、視覚障害者(全盲)の受入は支援内容も含めて全く想像がつかない状況であり、「通勤」「アパート生活の安全確保」「通院方法」「各種機械器具設置や配置」等、列挙した課題を生活面と業務面に分けてリスク検討委員会を中心に対応策を検討するも、時間のみを費やす状態であった。そこで、職業センターから障害特性や接し方に関する助言を受けながら、視覚障害者に対する理解を深めた。
Aさんの採用に関して、最も危惧されたのが通勤と通院であった。通勤については、アパートから職場の玄関まで約100mの移動が必要であったこと、通院についても送迎バスの停留所までの移動が必要であったことなどから通勤等に慣れるまでの期間はジョブコーチ支援を活用した。また、トライアル雇用の期間中に、通勤経路等の安全確保の観点から、歩行経路等に障害となる新たな物を置くことや工事による現状変更を禁止するなどの配慮を行った。
生活面の安全確保については、アパートの入居者に目配りをお願いするとともに、部屋掃除に関してもヘルパーに定期的な実施を依頼するなどAさんが、清潔な環境の中で生活ができるように配慮した。
マッサージ室の設置場所としては、施設内の共用設備利用時の動線も含めて決定し、行動範囲内の設備変更や備品の移動は原則禁止とした。ただし、業務の実施記録のみは、他の職員がサポートすることとした。
積雪時の除雪を除いては、天候に左右されずに職員の支援を全く受けることなく通勤している。食事も厨房より定められた場所にAさん自身が運んで喫食するだけでなく、朝食も自ら調理するようになり、心配した生活面の課題はなくなった。
また、利用者の特徴をよく掴み積極的に利用者が好む話題でコミュニケーションを取っている。利用者からは、丁寧な施術とコミュニケーションにより非常に高い評価を得ている。常日頃から多くの書物を読み、種々の情報に精通していることが、コミュニケーションのツールと推測している。
これらの行動は、他の障害のある職員だけでなく、すべての職員にも良い影響を与えている。
- イ.
- Bさん
Bさんは、移行支援事業所で就労に必要な知識・能力を身に付け、一般就労が可能と判断され、同法人での就労を勧められた。精神障害のある人の受け入れは初めてであったことから、障害特性や接し方については、移行支援事業所の担当者(精神保健福祉士)から情報提供を受け、精神障害に対する理解を深めた。一般的に、精神障害は個々の性格や生活歴等によって症状は千差万別であり、労務管理に関しても対象者個々に適した管理が必要とのことであるが、Bさんについては、移行支援事業所との情報共有により心配な点を解消することができた。また、介護・看護の専門職が常勤している職場であるが、Bさんに孤独感や不安感等を抱かせないために、暫くのあいだは、Bさんを良く知る移行支援事業所の担当者の支援を受けた。
Bさんは、真面目で責任感が強く、仕事熱心など業務遂行能力が高く何ら課題はなかったが、喘息を発症し入院するなど体調が安定するまでに時間を要した。原因の特定には至っていないが、現在は落ち着いて業務に励んでいる。疲れやストレス等の負荷がかからないように注意を払いながら、長期的視点で様子を見ている。
- ウ.
- Cさん
Cさんは、下肢障害で松葉杖を使用しているが、積雪時の屋外移動に配慮をする以外、事務所内メンバーとのコミュニケーションも良く取れており、全く課題がない。
- エ.
- Dさん
Dさんは、採用1年後の平成28(1016)年4月に職業センターにおいて雇用対策上の重度知的障害の判定を受けた。Dさんが、継続して介護業務を希望していることを受け、職場リーダーの下でOJTと同僚の支援を受けながら業務の習得に励んでいる。
4.今後の展望
政府は、超高齢社会を迎える平成37(2025)年には、約38万人の介護人材が不足するという需給推計と介護を原因とする離職者の増加傾向から、「ニッポン一億総活躍プラン」の中で介護離職ゼロを掲げ、現役世代の「安心」を確保する社会保障制度へと改革を進めている。
そして、「介護離職ゼロ」の実現に向け、「地域包括ケアシステムの推進」と「介護の職場の魅力向上」の中で、平成32(2020)年初頭に向けた介護サービス基盤整備と介護サービスの提供に必要な25万人の追加の介護人材の確保も掲げられている。
同法人は、人材確保の困難から取り組んだ職場改善により「資質向上・キャリアアップの実現と専門性の確保」や「利用者本位の仕事観」等、魅力ある職場づくりを推進し、「自立支援の促進」と「技術革新の応用」によるさらなる高品質な科学的介護と地域福祉の向上に向けて取り組んでいる。
その中で、精神障害のある職員や知的障害のある職員が、介護補助業務から介護職員初任者研修資格を取得し介護業務に従事している。また、介護業務に携われることを目指して介護職員初任者研修訓練を受講している現状も数多く耳にする。障害者が自らの意志で職域の拡大に取り組んでいる実態は、「介護人材の確保」の一つのモデルになると考えられる。
人材育成や通院等に時間的な配慮は必要であるが、キャリアアップ研修制度の活用による知識の向上や資格取得支援等により、自立への支援を充実させる予定である。
また、今後の「地域包括ケアシステムの推進」の中核を担う「地域包括支援センター」との連携強化の中で、新たな業務の切出しも含めて障害者雇用を考えていく心づもりである。
執筆者:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構
岐阜支部 高齢・障害者業務課 中谷 伊三美
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