障害者の「働きたい」という意欲に応えたい——就労を希望する障害者に門戸を開き、できる事を積み重ねて徐々に職域を拡大 法人をあげて資格取得をバックアップ
- 事業所名
- 医療法人社団 千春会 デイサービスセンター友岡(法人番号 4130005006380)
- 所在地
- 京都府長岡京市
- 事業内容
- 医療・介護事業
- 従業員数
- 1,095名(法人全体)、18名(デイサービスセンター友岡)
- うち障害者数
- 10 名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 10 介護(有資格者)、介護補助、清掃など 精神障害 発達障害 高次脳機能障害 難病 その他の障害 - 本事例の対象となる障害
- 知的障害
- 目次
-
事業所外観
1.事業の概要
医療法人社団千春会(以下「同法人」という。) は「千春会病院」を中心に、京都府長岡京市、向日市、大山崎町、京都市を拠点に医療・介護・福祉事業を幅広く展開している。
昭和47(1972)年長岡京市での病院開設を経て、昭和54(1979)年には同法人を設立し、平成17(2005)年「千春会病院」へ病院名を変更。介護事業は平成11(1999)年のデイケアセンターの開設に始まり、翌平成12(2000)年の介護保険制度施行を機に本格的に介護事業に着手した。以後、毎年、事業所を開設し、現在21カ所の事業所を運営している。
同法人では「良質な医療・看護・介護の提供」を理念に掲げ、病院をはじめ、急性期・慢性期の医療から在宅医療、介護、さらには保育事業まで一貫した地域医療、介護を提供できる体制づくりを推進している。
2.障害者雇用の経緯と受入れ体制
(1)障害者雇用の経緯
同法人理事長の「障害者、特に就労が困難とされる知的障害者の就労を支援するために、積極的に働く場を提供し、自立を応援したい」という強い想いの下、職員として受け入れたのが障害者雇用の始まりである。
また、特別支援学校の職場実習協力事業所として、生徒の実習を毎年受け入れている。実習生の前向きな姿勢や熱意を感じ、勤務時間や業務内容まできめ細かく配慮した受け入れ体制を構築している。
特別支援学校の卒業生だけでなく、ハローワークや障害者就業・生活支援センターとも連携をとり、知的障害者を積極的に採用しており、職場実習やトライアル雇用も実施している。
(2)障害者受入れに対する姿勢と体制
「千春会で働きたい」という想いに応える——これが同法人の障害者雇用の基本スタンスである。障害者の意欲を大切にし、実習等を通して個々の能力や適性、体力、得意・不得意を見極めて、その人の得手を活かせる業務に携わってもらう。そして、一つの仕事がこなせるようになったら次の仕事へと、できることを一つずつ増やして自信をつけ、徐々に業務の幅を広げていけるよう進めている。
特別支援学校の生徒は、在学中から約1年間、採用予定を目指して法人内の各事業所で職場実習を計画的に行い、実務経験を積み、じっくり仕事を覚えることで、採用後のスムーズな業務開始へつなげている。
障害のある従業員への新人研修は担当者がマンツーマンで指導を行っている。これにより責任を持って目配りができ、本人に対しての理解が深まるので、きめ細やかな指導ができる。
配属先の施設の責任者または主任を指導担当者として定め、相談・支援の窓口を一本化することで、本人との強い信頼関係を築いている。仕事面・対人面・体調面・生活面まで、さまざまな悩みや不安を担当者に相談し、解決できるよう、「心強い支え」としての関係性を構築している。
3.取組の内容と効果
(1)取組の内容~知的障害者の雇用事例から~
- ア.
- 事例概要:Tさん(26歳・男性)
- 知的障害(療育手帳所持)、てんかんの治療も受けている。
- 現在、デイサービスセンター友岡(以下「センター友岡」という。 )に勤務、介護業務に従事。
- 経緯:Tさんは、特別支援学校の出身で、平成21(2009)年に同法人に入職し、センター友岡に配属され、今年で勤続8年になる。センター友岡ではデイサービスにおける介護補助作業業務で採用され、入職5年目に介護職員初任者研修の資格を取得。その後、介護業務に従事している。
てんかんの定期検査のため隔月で通院、服薬コントロールできており、症状は安定している。
当初は週4日、1日5時間の勤務であったが、就労後に本人の希望により週5日勤務に変更した。現在も週5日ペースを継続し、無遅刻・無欠勤である。
プライベートでは、サッカー選手としての一面を持ち、平成22(2010)年にはFIFAワールドカップ・エキシビション試合の日本代表に選出された。
- イ.
- 具体的な担当業務と職業意識の変化
Tさんは当初からセンター友岡に配属され、主任介護福祉士のIさん(以下「I主任」という。)が指導担当者になった。当初は、介護補助作業業務で採用され、主な業務は清掃や食器洗いなどバックヤードの仕事であった。
Tさんは一つの作業に集中して取り組むことができ、清掃などはスムーズにこなすことができた。I主任は、毎日の仕事を通してTさんの個性や特性を把握して、作業内容や指導の仕方を判断し、他の職員とも情報と指導方針の共有化と統一化を図っていた。I主任は、Tさんの対人能力に着目し、「人と接することが苦にならず、人当たりもよいので、施設利用者(以下「利用者」という。)と接する仕事も大丈夫」と判断した。そこで、清掃業務に慣れた頃、利用者へのお茶出しを任せた。毎日お茶を出しながら利用者と言葉を交わす機会が増え、淡々と仕事をしていたTさんが、利用者のことを覚えようという姿勢に変わっていった。その頃からTさんの中に「介護に携わりたい」という気持ちが生まれてきた。I主任はTさんが利用者とスムーズに関わっているのを見て、次のステップとして「介護のお手伝い」を考えていたので、Tさんが自ら「(介護を)やってみたい」と意思表示してきた時は嬉しかったという。他の職員たちのコンセンサスを取り付け、Tさんに介護補助に加わってもらうことを決めた。
サッカーを得意としてきた適性から、I主任がTさんに任せた最初の仕事は「体操・レクリエーション」である。筋力・体の動きなどの豊富な知識を活かして新たな体操メニューを考え、前に出て体操をする誘導係であった。さらに体や指を使うゲームや脳トレーニングのクイズなど多彩なレクリエーションを企画、実施したところ、利用者たちに笑顔があふれた。Tさんの持ち味が発揮された仕事ぶりだった。
このほか、介護職員の指導の下、作品作りのお手伝いや食事の配膳、話し相手など、ホールでの活動を通して利用者との交流を深めることができた。利用者から「ありがとう」と声をかけられることも多くなり、Tさんは仕事に対するやりがいを感じるようになった。
「塗り絵が好きだった利用者さんが、手が不自由となり、思う様にいかなくなり色が塗れなくなった。その際も、『リハビリのため少しずつがんばりましょう』と横について励ました。何日もかかったけれど、完成した時は利用者さんがとても嬉しそうで、それが僕も嬉しかった」とTさんは体験談を聴かせてくれた。
介護福祉士の資格をもつ先輩職員が、利用者に寄り添い介護をしている姿を見ながら、Tさんは「もっとお世話がしたいのに、僕は資格がないのでお手伝いしかできない。自分も資格をとって先輩のように介護の仕事がしたい」という強い意欲を示した。I主任は「難しいこともあるだろうが、我々がサポートするから『介護職員初任者研修』が取れるようがんばってみよう」とTさんのやる気を後押しし、Tさんは資格を取得する決意をした。
- ウ.
- 指導にあたっての方針と留意事項
- (ア)
- Tさんは仕事に対して意欲的で「あれがやりたい」と意思表示することが多かった。同法人では初めから「無理」と決めてかからず、本人の意思を尊重して「一度やってみよう」という方針で臨んできた。
- (イ)
- 一度に複数の業務をこなそうとすると、頭が真っ白になって混乱してしまうことがあるので、業務の指示は原則として一つずつ行う、もしくは業務の優先順位をつけて指示を行う。
- (ウ)
- 指導・注意をする際は、理由まできちんと説明する。例えば、「〇〇をしてはいけない」と伝える場合、「利用者は腕が上がらないので、〇〇をしてはいけない」というように理由を具体的に説明する。また、説明に際しては、抽象的な表現は避ける。
- (エ)
- 困ったことが起きた時に混乱しないよう、I主任(もしくは先輩職員)に報告・連絡・相談して、自己判断で進めないように指導する。
- (オ)
- Tさんは、ちゃんとできていることでも「自信がない」「できているか心配」などの発言をする傾向が見られる。その際は、自信がもてない理由を具体的に聞くことを大切にしている。そして、日ごろから「頼りにしている」、「Tさんがいるから助かっている」など、彼の仕事を高く評価していると伝えることで、自信や安心感をもって仕事に向き合ってくれるように配慮する。
- エ.
- 資格取得に向けたサポート
同法人は「きょうと福祉人材育成認証制度」の認証法人でもあり、資格取得支援の体制が整っており、働きながら資格を取得できる。特に介護職員初任者研修は、法人内の事業所にて講習会が開講されるため、外部機関の受講は不要である。
Tさんは『介護職員初任者研修』の取得を目指し、受講した。期間は約2か月間で、勤務終了後の18時30分からの3時間の開講とした。
漢字の読み書きや長文読解が苦手なTさんには、医療・介護の難しい用語を含むテキスト内容を理解するのは容易なことではなかったが、I主任以下、先輩職員たちが一丸となって彼の勉強をバックアップした。まず、テキストの漢字にフリガナをふることから始まり、講習前には先輩職員が見て、予習をしてから講習に臨んでもらい、講習後はわからない点の補習をした。実技研修では、言葉や文字ではわかりにくい作業手順などを視覚で理解できるよう、実践的に指導した。最も難関であった最終テストはなかなか合格点がとれず、Tさんや周りは焦りを覚えたという。しかし、Tさんの粘り強さと勤勉さ、周りの人々の励ましやサポートのお陰で、少し時間はかかったが、3か月で見事取得した。
「仕事の後に勉強するのは大変だったが、皆さんのサポートや応援のお陰で合格できた。自分以上に周りの人たちが喜んでくれたのが嬉しかった」とTさんは話してくれた。
(2)取組の効果
Tさんは、資格取得後、センター友岡の重要な介護スタッフの一員として介護業務にも携わるようになっている。ホールリーダーとして体操・レクリエーション活動の企画・運営を担当するほか、利用者の食事・排泄・着脱の介助、日々の送迎など、仕事の内容は多岐にわたっている。Tさんはそれら一つひとつにきびきびと対応し、利用者からは孫のように可愛がられる人気者である。
体操やレクリエーションにおいては、体を動かしながら全体に目配りをし、利用者の表情や体調を見ながら、「〇〇さん、大丈夫ですか」と声掛けができるようになった。また、塗り絵などの手作業の際も利用者の好みや体調などを把握して、どの作業がリハビリ効果を発揮するかなどを考えて配付し、「ゆっくりでいいですよ」「きれいに塗れましたね」とコミュニケーションをとる姿も見られる。
女性利用者が多いため、排泄や入浴介助に男性職員が関わるのは難しい面もあるが、男性利用者の排泄・着脱介助には携わっている。体調や症状によって必要な介助が異なるので、個々のニーズに合った介護ができて利用者にから感謝や労いの言葉をかけられると、「この仕事に就いて良かった」と感じるという。
同法人では平成29年度に、障害者雇用に対する積極的な取り組みとその成果が評価され、障害者雇用優良事業所として、高齢・障害・求職者雇用支援機構の理事長努力賞を受賞。Tさんにも法人推薦の職員として表彰状が授与された。
ホールでの施設使用者との交流の様子
4.今後の展望と課題
介護の業務の中でも、利用者の自宅と施設間を車で送り迎えする「送迎」は難しい業務の一つで、「送迎ができて一人前」と言われるほどである。その難しさは、介護スタッフ1名(ほかに運転手1名)だけで業務にあたるため、介護スタッフがすべてを一人で判断・行動しなければならない点にある。突発的な出来事に対する判断や行動が求められるので、Tさんには特に難易度の高い仕事である。しかし、「みんなと同じ業務が一通りできるようになって早く一人前になりたい」という強い想いを持つTさんは自ら「送迎に出たい」と申し出た。
I主任は、「送迎中は何かあっても助けてくれる人がいない。Tさんに送迎を任せて大丈夫だろうか」を懸念し、他の職員たちと話し合いをもった。Tさんの日ごろの仕事ぶりやひたむきさを知る職員たちは、「心配だからやめておくという後ろ向きの考え方ではなく、前向きに一回やってもらおう」ということで意見が一致した。当初は、先輩職員に同伴して経験を積み、慣れた頃に一人で送迎に出るようになった。
「わからないこと、困ったことがあったら自分で判断せず、すぐに電話をかけてくること」というルールも決めた。これまでトラブルなく業務に就いており、今では安心してTさんに送迎を任せているという。
しかし、Tさんはまだ満足していないようだ。「(利用者の)家族の方とうまく話せない。先輩職員みたいに雑談しながら家庭での様子や体調を聴き出せる会話の力をつけたい」からだと言う。送迎は、単に送り迎えをするだけでなく、迎えに行った際に家族の方の様子や利用者の体調などを聴きとって、介護に活かすことも大切な業務の一つであるとTさんは認識している。家族の方の言葉に機転の利いた受け答えができるよう、もっと経験を磨いて話の引き出しを増やし、“雑談力”と“機転力”を身に付けることがTさんの今後の目標である。
平成28(2016)年5月、入職時から約6年にわたってTさんの指導役を務めてきたI主任が異動になり、Sさん(以下、「S主任」という。)がセンター友岡の主任介護福祉士に就任した。S主任によると、Tさんは指導体制が変わっても安定した仕事ぶりだとのことで、次にように語ってくれた。
「Tさんは、私が異動してきた時から介護職員としてよくやってくれている。何事にも懸命に取り組む姿勢は、他の職員にもよい影響を与えている。電話の対応や利用者の家族の方と話すのが苦手だと本人は言うが、言葉遣いも丁寧で悪くないし、業務上の会話はちゃんとできている。その上で、もう一段上の目標をもってがんばっている。成長の段階に応じた指導の仕方に注意しながら、さらに職域を拡げていけるよう取り組んでいきたい。今後も長く働いてほしいと願っている。」
S主任との打合せの様子
執筆者:フリーライター 藤原 幸子
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