知的障害のある人の採用に取り組み雇用率を短期間で改善
- 事業所名
- 株式会社 東振精機(法人番号 4220001012695)
- 所在地
- 石川県能美市
- 事業内容
- ベアリング軸受組込用各種ローラ、精密ピン・シャフト類製造
- 従業員数
- 499名
- うち障害者数
- 9名(うち重度5名)
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 1 事務補助(工場内軽作業含む) 肢体不自由 1 事務 内部障害 2 工場内軽作業/工場内一般作業 知的障害 5 工場内軽作業 精神障害 発達障害 高次脳機能障害 難病 その他の障害 - 本事例の対象となる障害
- 知的障害
- 目次
-
事業所外観
1.事業所の概要
株式会社東振精機(以下「同社」という。)は昭和31(1956)年に石川県金沢市にベアリング組込用円筒ころのメーカーとして設立された。その後現在の石川県能美市に移転、グループ会社設立などを経て現在では同社単独で499名、グループ3社連結で598名の従業員、売上126億円の事業規模である。
同社のローラはベアリング、減速機、カムフォロア、モーターなどに組み込まれ、主に自動車に多く使われているほか、コンピュータ機器などにも超小型ベアリングが使用されており、品種によっては国内シェア7割を占めている。様々な回転機構で必要不可欠かつ高精度な部品の開発、製造を担っているメーカーである。
経営理念は「全従業員の物心両面の幸せを追求するとともに人類、社会の発展に貢献する」とされており、障害者雇用にも積極的に取り組んでいる。
2.障害者雇用の経緯、障害者雇用に関する考え方
平成30(2018)年6月における同社の障害者実雇用率は2.4%と法定雇用率を達成している同社であるが、平成22(2010)年には雇用率0.52%まで落ち込み、達成を重視した計画的な採用の取組みをこの数年で急速に進めている。特に近年は知的障害のある人を中心に採用を進めてきている。
採用にあたっては、できるだけ地元の人を優先的に採用する方針であるが、これは地域貢献を重視すると同時に就業する障害のある従業員本人の通勤の負担に配慮するためである(同社のある南加賀地域は公共交通機関を利用できる範囲が限られており、マイカー通勤ができない人にとってはJR北陸本線の沿線以外は1日に数本程度の路線バスを利用して通勤する必要がある)。業務設計(担当業務の設定など)についてもまず人ありきで考え、「この仕事ができる人を採用する」という発想ではなく、「この人を採用してこの人に合った仕事を見つけよう」という観点で選考している。
近年同社では地域の特別支援学校主催の雇用促進セミナーに参加したことをきっかけに、特別支援学校高等部の知的障害のある生徒の職場実習を積極的に受け入れており、実習後は新卒として採用に至る実績も生まれた。その後知的障害のある生徒からさらに対象を広げ、ろう学校からの実習も受け入れ、その後の採用にもつながっている。こうした経緯により同社は、特別支援教育に携わる教員間の口コミによって障害のある生徒の実習に積極的な企業として知名度が高まっている。実習では教員が現場を訪問、実習生の指導を行うことにより実習生の不安が緩和され、安心して作業に集中できる本人のメリットが期待できるが、会社にとってもじっくり作業能力を見極め、作業内容のマッチングを図る機会が得られるため、中途採用の人以上に卒業後の職場定着につながりやすいというメリットを感じている。
同社では今後も特別支援学校高等部の生徒の実習受け入れを中心にして、障害者に対する採用活動を継続していきたいと考えている。
3.知的障害者の採用と雇用管理の実例
ここで知的障害のある人の採用に係る業務設計、雇用管理の事例を紹介する。
同社では製造ラインの自動化を進めているが、完成した製品の出荷準備の工程でも新たにロボットを導入した。出荷用のポリ容器(写真1にある箱)に製品を入れる作業が完全に自動化されたことで出荷準備が以前より大幅に効率化された一方、一度使用し納品先から返却されたポリ容器の拭き上げと容器への袋のセットは従来と同じく人手を使って行うため、ロボットのラインにポリ容器を供給するスピードが追い付かず、部署のメンバーが残業をして準備する必要が生じた。当初はシルバー人材センターから派遣された高齢者が作業を担ったが、あまり判断を必要としない単純反復作業であることに着目し、知的障害のある社員向けの業務として創出し、新たに障害者を採用することとした。そして2名の知的障害者が新規に雇用されたのが以下の事例である。
(1)事例1:Aさんについて
写真1 返却されたポリ容器を整理するAさん
最初にこの部署に配属されたAさんは50歳代。旧養護学校を卒業後、鉄工所、倉庫内作業などに従事した企業就労の経験者で、障害者就業・生活支援センター(以下「支援センター」という。)、地域障害者職業センターの支援を受けつつハローワークの紹介で応募、平成23年1月から1か月間の石川県障害者職場実習を利用して職場、業務への適応を確認。勤怠、作業の習得、勤務態度が良好であったため採用に至った。現在は自宅が近いため徒歩で通勤。午前中は工場の搬入口で返却された容器の結束を解き、整理を行い、午後は主に工場内で容器の拭き上げと袋のセットに従事している。集中力を切らさず黙々と与えられた作業に取り組む姿勢が評価されている。現在も遅刻、欠勤などほとんどなく安定的な職場定着ができている。
(2)事例2:Bさんについて
写真2 ポリ容器の拭き上げ、袋のセットをするBさん
次にこの業務に配属されたBさんは40歳代。定時制高校卒業後企業に就職したが朝が苦手で早朝のシフトに対応することが難しくなり退職、その後は就職するも業務のマッチングの問題や有期雇用による雇止めがあり職場定着がうまくできなかった。在宅生活を経て9年ほど知的障害者向けの作業所への通所を継続。平成25年11月に支援センターや作業所職員の支援を受けながらハローワークなどが主催する合同面接会である障害者就職面接会に参加、Aさん同様1か月の石川県障害者職場実習を経て採用に至った(採用時は障害者トライアル雇用であり、トライアル雇用終了後に通常の雇用に移行)。面接時に口数は少ないが人の話をきちんと聞く真摯な態度で、作業指示にも確実に理解・実行する力があると見込まれたことが採用の決め手になった。支援機関も、実習時と採用直後は本人の不安の克服や作業の習熟の見守りのため、支援センターの就業支援担当者とともに作業所職員も職場を訪問し、相談などの職場定着支援を行った。Bさんは能美市の南隣の小松市在住のため、本数の少ないバスを利用して通勤すること、朝が苦手であることに配慮し、出勤時間を通常より遅めに設定した。初めての場所や作業への不安の克服に時間を要する性格のため、実習から障害者トライアル雇用の期間に支援担当者が職場を訪問したことは大変効果的であった。その後はAさん同様特段の困りごともなく安定的に就業し、職場に定着することができている。
(3)雇用管理(業務設計と社内の協力体制作りなど)について
二人とも入社時に石川県独自の職場実習制度や支援センターなどの支援機関のサポートを有効的に活用できたことに加え、同社の人事の採用担当者が出勤、退勤時や作業中などに意識的に声かけをし、表情や行動を見守るようにしてきた。特にBさんは質問したいこと、不安なことなどを自分から発言することに消極性が見られたが、現在では何か相談などがあれば採用担当者に申し出ることができるようになっている。知的障害者が従事する作業内容の適切なマッチング、それぞれの事情に応じた就業時間の設定、本人が安心して業務を習得し、職場に慣れているための職場実習、障害者トライアル雇用制度の活用など段階的な雇い入れ、支援機関の利用、採用担当者を中心とした見守り、声かけが奏功した好事例である。
この2名以外の知的障害のある人についても、特別支援学校からの実習などで本人の適性を評価し、一般社員と同等の作業種目を担える場合にはそれに応じた部署に配属するなど作業能力に応じて本人と職場とのマッチングを図っている。その際、工場内各部署の作業評価、どの部署で実習するかなどの事前の業務設計は人事の採用担当者が行ってきた。
知的障害のある人に対する業務設計について、東振精機では様々な工程にまだまだ単純反復作業が含まれていると考えている。一つの工程に付帯する準備、後片付けを中心に技術熟練をあまり必要としない作業に誰かが従事する必要があるが、従来、熟練労働者は技術を要する作業に従事する合間の時間や残業で対応してきた。そのような作業を採用担当者が切り出し、実習を利用して障害のある社員とのマッチングを確認し、新たな分業の体制を整備することで、熟練労働者はそれまで単純作業に費やしていた時間を本来の技術を要する業務に集中できるようになった。そのため現場はおのずと障害者雇用を歓迎するようになり、障害者の就業態度についてのクレームも発生することがなくなった。また、切り出した作業の指導者は一人に限定することで実習中の障害者が混乱することのないよう配慮しており、指導中問題が生じた際には採用担当者が指導者や本人の相談に応じるようにしている。負担を感じていた作業に黙々と取り組んでくれる人が来て助かったという現場の実感を背景に、配属先と人事の採用担当者の障害者雇用に対する協力関係が形成されてきた。
今後は知的障害のある人の担当業務の拡大にも取り組んでいく方針であるが、まだまだ費用対効果から考えて自動化を進めるよりも人手を使うことを選択すべき作業も残っていると考えており、障害者雇用の効果を勘案して設備投資に対する経営判断を行っている。
4.取組みの効果、期待されるメリット
これまで見てきたように、各部署、各工程における付帯作業を中心に、あまり判断を伴わない単純反復作業を知的障害のある社員が担当することで、熟練労働者が本体業務に集中できるようになったことは知的障害のある人の雇用を通じて得られた効果である。
同時に中長期的な効果として、障害者雇用に積極的な企業、従業員を大切に扱う企業としての知名度が地域社会の中で上がり、「東振精機なら安心して働ける」という認識が広がることも期待される。一人の障害のある人の周辺には、その家族、親族や地域住民の存在があり、障害者雇用に対する積極性が口コミで広がることで、同社に対する地域からの評価、企業価値を高めていくことにつながっている。人事の採用担当者は障害のある社員に限らず、新入社員の家族には就業中の様子を手紙や写真で伝えることに取り組んでいる。家族に会社のファンになってもらうことが従業員の安定的な職場定着につながると考えており、とりわけ知的障害のある人の家族とは密に連絡を取り、家族の安心を得ることを重視している。
このように同社では「全従業員の物心両面の幸せを追求する」という経営理念の実践を障害者雇用においても積極的に取り組んでいる。
執筆者:こまつ障害者就業・生活支援センター所長 冨田 雄毅
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。