本人の特性や希望を踏まえた職場配置の事例
- 事業所名
- 学校法人 皇學館(法人番号 4190005004643)
- 所在地
- 三重県伊勢市
- 事業内容
- 学校教育
- 従業員数
- 279名
- うち障害者数
- 6名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 2 図書館業務、事務 肢体不自由 3 教育、事務 内部障害 知的障害 精神障害 1 図書館業務 発達障害 高次脳機能障害 難病 その他の障害 - 本事例の対象となる障害
- 精神障害、聴覚障害
- 目次
-
事業所外観
1.事業所の概要
学校法人皇學館(以下「同法人」という。)が運営する皇學館大学(以下「同大学」という。)は、明治15(1882)年、伊勢神宮(以下「神宮」という。)の学問所である林崎文庫に開設された「皇學館」を発祥とし、以来、135年に及ぶ長い歴史と伝統を誇っている。同法人は神宮の内宮と外宮を結ぶ御幸道路の中程の丘陵地に位置し、約15.3ヘクタールの敷地内には、大学のほか、高等学校、中学校も有し、周辺には倭姫宮や月夜宮など神宮ゆかりの神社も多く鎮座している。同大学は、由緒ある文学部に教育学部、現代日本社会学部を加えた3学部で構成され、3,000名近くの学生が勉学、研究に勤しんでいる。
2.障害者雇用の経緯、取組内容など
同法人では現在6名の障害者を雇用している。このうち、4名が、財務業務、IT関係業務、図書館業務に従事する職員、2名が教員である。3名は、すでに30年以上勤務しており、ほか3名は、2~10年の勤務歴を有する。本稿では、近年雇用された精神障害者のAさん(40代)と聴覚障害者のBさん(60代)の2名について紹介する。
(1)Aさんのケース
- ア.
- 雇用の経緯、背景
Aさんは平成26(2014)年4月に雇用されたが、きっかけは三重県の事業であった。当時、三重県では民間企業に委託し、障害者の方に、一定期間の訓練を実施したのち、県下の事業所などに2~3週間程度インターンシップとして派遣し、様々な職場で就業体験や職業訓練ができる取組を進めていた。同大学でも数年来インターンシップを積極的に受け入れていて、Aさんもインターンシップの一環として同大学の人事関係の部署で仕事をしていた。その時の仕事ぶりが評価され、また、司書の資格を有し事務経験もあったことから、配属先の選択も柔軟に検討できる(ある部署が難しければ、他の部署を試すことができる)だろうと考え、同大学での採用に至った。
最初は国際交流担当の事務に配属された。国際交流担当の職場は職員2名体制と小規模であったため、お互い相談しながらペースも調整しやすいのではないか、との大学側の配慮からの配属であった。日々の様子からは、期待通り、信頼関係を構築できている様子がうかがえたが、就業開始から半年経過した頃の聴き取りにおいて、何点かの懸念が生じた。それは、業務上、もう1名の職員が海外等に出張する頻度が高く、その間、Aさんが一人きりになること。そして、窓口に来る学生はさまざまで、対応すべき内容も多岐にわたるため、非定型的な仕事の割合が高いことなどであった。そこで、Aさんの能力を、より発揮できる環境への異動を検討した。大学の図書館は、比較的クローズドな環境でありながらも、常に、複数人の同僚や学生とコミュニケーションをとりつつ、特定の業務を行える場であった。折よく、図書館のカウンターに人員補充が必要だったこともあり、図書館への配置換えを行い、現在に至っている。図書館業務は以前に経験があり、いわば手慣れた仕事なので不安もなく、対人業務にも支障はない。カウンター業務はシフト制で、7、8名のローテーションということもあり、適度な関係性を保ちつつ、和気あいあいと仕事をしている様子が見られる。欠くべからざるスタッフとしての役割を担っているといえる。
- イ.
- 従事業務、取組内容
Aさんは、図書館でのカウンター業務(書籍貸出・返却)や書籍登録、配架などに従事している。作業は職員で手分けして行い、特に他の職員と変わりなく業務をこなしている。周りの職員もAさんの特性について念頭にはあるが、特別な扱いはしていない。
休憩が必要な場合には、バックヤードにある個室などで休むことができる
現在、一日5時間程度で週30時間未満での勤務である。自身のコンディションの調整を心得ており、ほとんど仕事を休むことはなかったため、大学は、フルタイムでの勤務にも適応できるのではないかと、職種転換(フルタイム勤務の常勤への転換)を打診した経緯がある。しかし、本人は現状のパートタイムでの勤務が自身の生活に合っているということで、短時間の勤務にとどまっている。
Aさんは、以前にも図書館に勤務していたが、これを辞し、のちにインターンシップを通じた職業訓練を受けるに至った。その際に、自らのスキルの見直しや充実を図り、自分の強みと弱みを認識し、職場に適応する心構えを学べたことが、現在の安定した就労に繋がっているのではないかと思われる。今の職場でもけっして無理をしている様子はなく周りにとけ込めており、職場への強い愛着もうかがえる。
同大学としても、できればフルタイムでの勤務も視野に、より責任や役割の幅を広げてもらうことが望ましいと考えている。そのために、どのようにサポートしていくかが、今後の課題と考えている。
図書館外観
(2)Bさんのケース
- ア.
- 雇用の経緯、背景
Bさんは、平成28(2016)年4月に同大学に採用された。
大学では、当初、障害者の雇用は念頭になく、ハローワークを通じて用務員を募集したところ、Bさんの紹介があり、雇用について検討を始めた。
ただし、用務員の業務は、キャンパスの外構清掃、樹木の剪定、草刈など、機械を使う作業が多い。特に大学内には巨木が多く、はしごを使って木に登ったりする場面等でも、危険回避のため職員間の「声掛け」などによる緊密なコミュニケーションは必須である。このため聴覚に障害がある人の用務員での採用は作業上の安全配慮に不安があった。しかし、Bさんは、人柄も円満で健康状態も良く、その職歴から、精密で地道な作業にも向くことがうかがえたため、他の業務でも、十分に活躍できる場があるのではないかと、配属先の検討を行った。
ちょうど、当時、図書館には女性職員が多く、書籍の移動、メンテナンス業務などでのニーズがあった。もとより静粛性を求められる施設であり、また、他者との即時的なコミュニケーションを必要としない業務でもある。司書以外の図書館スタッフは、必要でありながら、なかなか、なり手が見つからないポストで、大学も苦慮していたところ、本人の承諾も得られたので、この職種での採用検討を進めるに至った。
ハローワークのサポートも手厚く、採用面接の際には手話通訳の派遣があり、仕事内容、及び、職場環境などの詳細について、極力曖昧な点が残らないよう、相互で確認し合うことができ、採用が決まった。
- イ.
- 従事業務
Bさんは、図書館の開館の準備、書架の整理(番号の順番に本を整理する)、本の装備・修繕、ラベル貼り、バーコード、タトルテープ(貸出し処理などをしないと、入口で警報音が鳴るテープ)の装着などの作業を行っている。
勤務は45分の休憩を挟んで9時から17時までフルタイムで勤務している。
作業は事務長から指示があり、終わったら事務長に報告して、そこでまた新たな仕事の指示が入る。指示は筆談でなされることが多い。
筆者が取材で訪問した時には、本の汚れを消しゴムで取るなどの修繕作業を行っていた。本の状態にもよるが、1日で10冊弱ほど修繕できるそうである。
本人に話を聞くと、仕事や日常生活で大変なことや困ったことは特になく、皆楽しく、助けてくれるとのこと。また、同僚の方が手話を勉強していて、移動する時などにいろいろ教えてくれることがうれしいとのことである。背表紙に糸を通して本を修理することが得意で、本の夢を見るほど、本に関わる業務が気に入っているようであった。
明るく積極的な方で、大学のボランティアサークルで学生に手話を教えたりもしている。
本の修繕作業の様子(Bさん)
- ウ.
- 取組内容
周囲とのやりとりは、おもに筆談でおこなっている。ゆっくりしゃべる場合は口の動き読み取ることができるので、普段のコミュニケーションに支障はない。明朗な性格であり、本人の努力や気遣いともあいまって、他の職員との関係性は、極めて良好である。
それでも当初は多少の行き違いもあった。ときに、職員同士でたわいもない話に花が咲かせるようなこともある。誰でも、自分が話の輪の外にいれば疎外感を覚えるうえに、ましてや、聴覚障害者であれば、会話の内容が分からないまま、笑いが生じている場面で、自分の方に視線が向くことがあれば、(それが偶然であれ、)自らが何らかの揶揄の対象になっているかのような不安を抱くことがある。Bさんもそうした状況にあった。
このような状況は、ハローワークの担当者が定着支援で職場に来た際に本人と話す中で把握された。それまでも職場では全体での打ち合わせ時などで、Bさんには、その場で内容を伝えるか、もしくは、打合せ後に説明をすることはしてきた。しかし、職員歓談の場面でも、同様の配慮があれば、不要な誤解は生じないということに気づき、よりコミュニケーションを取るよう改善を早速図った。
また、筆談を行う場合も、長いセンテンスの文章ではなく、簡潔な文章・言葉を使用する方が意を伝えるのに適しているといった助言がハローワークの担当者からあり、早速に対応した。
障害のある労働者は、ともすれば、自らの雇用を守るため、就業環境における不安を隠し、本来要求したいことを我慢してしまう傾向が見られる。そのような場合に、ハローワークのような第三者による支援は有益に機能する。
そのような支援を受けつつ、同大学でも、本人との定期的な面談を行いながら、相互の信頼を深めることに努力し、Bさんが働きやすい職場づくりを進めているところである。
3.取組の効果
インターンシップの活用、それぞれの障害特性に応じた職務・配置先の選定、コミュニケーションや人間関係面での配慮などの取組を通じて、同大学における障害のある職員の雇用は順調に推移してきた。
また、特に意識はしていないが、同大学の現代日本社会学部はもともと福祉系の学部であり、自分の大学で障害者の方が活躍していることを知り、そうした職員とコミュニケーションをとることができて、学生にも良い影響があるのではないかと考えているとのことであった。
4.今後の課題、展望
同法人では障害者雇用については、必ずしも能動的に推進してきたわけではない。障害を有する求職者が、募集している職種において就業することに困難な事情が無ければ、当然に受け入れてきたが、それは、受動的なスタンスとも言える。今後、障害者の採用の取組をより積極的に展開していくことが、地域に根差した教育機関としての責務であるという認識している。
これまでの障害者雇用の経験から、雇用の際には仕事にマッチしている人を受け入れているので、就業の継続に困難が生じることはほとんどなかった。Aさんを雇用した際の三重県のインターンシップ事業は現在なくなってしまったが、雇用する側と働く人の、お互いのお試し期間として、有効であったと同法人はとらえており、そうした取組がもっと充実し、簡便に利用できる機会が増えることを期待したいとのことであった。
さらに、大学の近隣には特別支援学校があるが、現在、知的障害者は雇用できていない。
仕事の切り出しが雇用の成否に影響するため、工夫が必要であろうとの認識である。施設・設備面について見れば、大学にはまだ古い学舎が多く残っており、棟によっては、スロープやエレベーターなどのバリアフリー化が不十分な箇所もある。以前に、車いすの方が応募してきた際に、受け入れの環境を検討したが、利用する学舎のエアコン管理のためのスイッチ類が、手の届かないところにあり、工事も難しいため採用を断念したことがあった。障害者の方の受け入れを検討するときにこうした改善点が具体的に明らかになるので、今後検討し、対応していきたいとのことである。
このように、個別の課題は様々山積する。障害者の受け入れを阻害する要因を、ひとつずつ取り除いていく必要があると考える一方で、財政的にも、物理的にも、限界があることも実感しているとのこと。言い換えれば、できること・できないことの範囲を明確にしたうえで、一貫性のある受け入れ方針を立てることが急務であり、責任をもって障害者雇用を推進するための重要課題であると、理解しているとのことであった。
執筆者:三重大学人文学部 法律経済学科
准教授 石塚哲朗
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