日常的に障害者とともに学び・働くインクルーシブな教育職場
- 事業所名
- 学校法人 熊本学園 熊本学園大学(法人番号 6330005001401)
- 所在地
- 熊本県熊本市
- 事業内容
- 高等教育機関としての教育・研究
- 従業員数
- 326名
- うち障害者数
- 7名
障害 人数 従事業務 視覚障害 1 教員 聴覚・言語障害 1 教員 肢体不自由 3 教員2名 内部障害 2 教員1名、事務職1名 知的障害 精神障害 発達障害 高次脳機能障害 難病 その他の障害 - 本事例の対象となる障害
- 視覚障害(弱視)、聴覚障害、肢体不自由、内部障害
- 目次
-
キャンパス全景
1.事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
学校法人熊本学園は、九州の南北からのアクセスが良く、阿蘇や天草の大自然に囲まれ、豊かな河川が流れる学びの環境に恵まれた熊本の地域に根ざし、世界に飛躍する人材の育成を目指して創立から70余年の歴史がある。
熊本学園は、4学部10学科と大学院5研究科をもつ熊本学園大学と、併設校として付属高等学校、付属中学校、付属敬愛幼稚園からなる学校法人である。
本事例では熊本学園大学(以下「同大学」という。)を紹介するが、同大学は、昭和17年に創立され、「師弟同行」、「自由闊達」、「全学一家」の三つの建学の精神に基づき、「教育は多様な個性を認めあう自由闊達な人間形成の場を提供し、より良い社会の基礎をつくるものでなければならない」との観点から、大学教育を通して地域に根ざし世界に活躍する人材育成に取り組んでいる。
同大学には、商学部、経済学部、外国語学部、社会福祉学部の4学部に約5000人の学生が在籍しているが、はやくから障害のある学生を受け入れ、その学生に対しても分け隔てなく教育の機会を均等に保障し対等な人間関係の形成の場を提供するため、当事者の声を聞きながら物理的な環境整備をはじめニーズをひとつひとつ具体的な形にしていくことで、学内すべての人が利用しやすい環境を整備してきた。
その取組みは、「しょうがい学生に対する基本理念」をもとに学内教職員で組織する「差別と人権に関する委員会」を中心としたバリアフリー化の取組みであった。その後、基本理念を平成28年(2016年)の障害者差別解消法の施行にあわせて、学長からの「しょうがいのある学生支援の基本方針」としてあらためて策定した際に、それは学生支援であると同時に、教職員にも適用されるものとすること、また、障害者手帳の有無にかかわらず、本人から支援の必要性の訴えに基づき支えていくことを特長とすることとした。そのようにして日常的に障害者とともに学び・働くインクルーシブな教育の場と職場を実現している。
(2)障害者雇用の理念、背景
同大学では以前から、障害のある学生(以下「しょうがい学生」という。)を受入れていたが、当初は学内教職員で組織する「差別と人権に関する委員会」を中心に、当事者の声を聞きながら、学内のバリアフリー化などのニーズを一つひとつ具体的な形にしていくことで、学内すべての人が利用しやすい環境を整備してきた。
そうした日々の取組みは、平成6年(1994年)にバリアフリーデザイン研究所のバリアフリーデザイン大賞を受賞したことを機に、さらに学内全体として推進していこうという意識へと高まっていった。
車いす用スロープ
前述の取組みにより、身体障害を中心により多くのしょうがい学生が入学するようになったことから、学生からの要望を大学側が検討し実現していくための場として、平成15年(2003年)から「しょうがい学生学習支援懇談会」を行っている。
その後、しょうがい学生支援の取組みとして、平成20年(2008年)4月から社会福祉学部でしょうがい学生の学習支援をする「しょうがい学生支援サポーター制度」の開始、同年9月からは全学部でしょうがい学生支援を実施するため、学生課に「しょうがい学生支援室」を開設し、社会福祉学部から「しょうがい学生支援サポーター制度」を同室が引継ぎ、運営を担うこととなった。
このようなしょうがい学生支援の理念の背景として、一般的な教育制度の下で障害の有無によらずすべての人を包摂し、かつ一人ひとりの教育的ニーズに合った適切な教育的支援を行うというインクルーシブ教育システムの理念に則り、全学的な体制のもとで合理的配慮を軸にした支援の取組みを行うため、学長名で「しょうがいのある学生支援の基本方針」を定めたことである。
基本方針では、支援の対象として「しょうがいに関する手帳を所持しない学生又は自己にしょうがいがあることの認識を有しない学生も含まれる」としており、また、学生のみならず、教職員に対しても同様であるとしている。
「しょうがい学生支援室」が設置されたことで、障害に関する専門家ではない教職員であっても同室運営委員(2年間)としてしょうがい学生一人ひとりに当事者として向き合うこととなり、そうした経験から、教職員に障害があっても教壇に立てない、働けないことはないというように、教職員全体の障害者雇用への意識が高まり、障害を意識することの少ない働きやすい職場環境をつくることに繋がっていった。
2.取組み内容とその効果
(1)取組みの内容
- ア.
- 障害のある教職員の業務内容
障害のある教職員7名のうち、6名は専任(正職員)及び特任(常勤の1年間の雇用契約)教員、1名は専任の事務職員である。
教員は、教育研究及び大学運営が業務で教壇に立ち学生に授業を行っている。授業内容は、語学、教養教育、経営学などである。
事務職員は、デスクワークやしょうがい学生の支援などの業務に従事している。
- イ.
- 事業所の配慮・工夫(社内コンセンサス・配慮事項・業務の選定等)
車いすの教員への配慮として、車いすでの移動がスムーズにできるように他の教員より広い研究室になっている。また、本や資料などの出し入れがしやすいように手の届く範囲での低めの棚を設置している。通勤においても、駐車場には屋根が設置され雨に濡れないように配慮されている。
また、各教室の教壇の段差を解消するためにスロープを付けている。スロープは車椅子の教員が使用する教室から順に整備しているが、新校舎においては、はじめから教壇をつくらないよう設計の段階から工夫している。
弱視の教員に対しては、拡大読書機などを研究室に備えるとともに、会議などで使用する資料は拡大コピーしたものを用意している。
人工透析が必要な内部障害の教員については、通院しやすいよう授業の時間割に配慮している。
聴覚障害のある教員に対しては、特段配慮はされていないが、外見では分かりづらいためにコミュニケーションの保障が適切になされているかどうかの検討が課題となっている。
また、教員はティーチィングアシスタントという大学の制度を活用し、修士博士課程の大学院生が授業の補助をしているが、この制度を活用できない非常勤講師においては、教務課の事務職員がアシスタントを務め、授業の準備などのサポートをしている。
事務職員(内部障害)に対しては、特に配慮していることはないが、当大学で障害に関わっていた学生が勤めていたこともあり、環境面、心理面ともに障害のある方を受け入れる体制が整っていたため、大きな不自由はなく働くことができている。
これまで述べてきた様々な障害への配慮については、費用が高額な場合は学内の会議を通すこともあるが、現場の部署でできることであれば迅速に対応している。当事者のニーズを把握したら、できることはすぐにやるという行動力が現在のバリアフリーな環境をつくってきた。
車いす対応車用駐車場
障がい者用トイレ
- ウ.
- 採用の際の考え
選考の際は、障害があるという理由で教壇に立てないということがないように、採用選考時点で、診断書を提出させず、障害の有無で採否の判断をしないようにしている。
(2)取組みの効果
障害者雇用の一番のメリットは、障害のある人にとって働きやすい環境をつくっていくことによって、職場全体がユニバーサルデザインになっていくことである。誰にとっても働やすい環境があれば、障害の有無に関わらない優秀な人材の受け入れができ、また、そうした人材を育てていくことができる。
3.課題と今後の展望
(1)現在の課題
これまで、障害のある教職員の雇用においては、法令に基づく制度・施策の他は、しょうがい学生に対して作成された支援の基本方針のような形での制度化はせずに取り組んできた。これまでしょうがい学生の支援を通して培われてきたインクルーシブ教育の理念があったことで、障害者の雇用を当たり前のものとして受け入れることができているが、こうした想いだけでこの先10年、現在の様なサポート体制が継続できるかという心配がある。今後は、学長が参加し意思決定をする機会である教授会で、当事者の声を反映しながら、教職員向けの支援の基本方針を作成し、明確なものとして教職員に広く提示していくことを検討している。
また、発達障害や、うつ病をはじめとする精神障害の方のメンタルヘルスが課題となっている。現在は、個別やメンタルヘルス委員会などで対応はしているが、それが十分に機能し、そうした教職員が活躍できる職場環境となっているかどうかを、今後検討していかなければならない。
(2)今後の展望
熊本学園大学は、平成26年に発生した熊本地震で大学避難所として、多くの被災した障害者を受け入れた。避難所は45日間にわたって運営され、特に災害弱者とよばれる高齢者や障害者などを断ることなく受け入れ、被災者の行き先が決まるまでケアやフォローを行った。こうした障害の有無に関わらず誰でも受け入れるという避難所運営は「熊本学園モデル」として全国的に注目された。日頃から物理的にも心理的にも障害に対してバリアフリーな大学だからこそできたことである。また、避難所では、多くの学生ボランティアが活躍した。普段から、障害者とともに学生生活を過ごしている学生には、障害があってもなくても困っている人がいれば助けるという想いが自然と育まれている。さらには、「しょうがい学生支援サポーター養成講座」を開設し、障害者を支援する側の育成にも積極的に取り組んでいる。障害のある卒業生の中には、障害者支援の場で活躍している人も多い。これからも、共生社会の実現に向けて先駆的に実践している熊本学園大学で学んだ若い人たちが、福祉を中心とした地域づくりの新しい担い手となって活躍していくことを期待したい。
今回、お話をお聞きした同大学の方からは、障害のある教職員に支援や配慮をした際にご本人からの感謝の言葉を聞くことはあまりないという。障害のある方は、配慮してもらうたびに感謝の言葉を伝えなければいけないというのはありがちな考え方である。しかし、お礼しなくてはならないということはバリアーがあるという証拠でもある。「ありがとう」のいらない熊本学園大学は、自分の障害も忘れてしまうことのできる、誰もが暮らしやすい共生社会の姿を教えてくれる。日常的に障害のある人とともに生きるその大学の姿が、障害があっても地域で当たり前に活躍していくことのできる社会を実現するモデルとなっていくだろう。
執筆者:熊本障害者就業・生活支援センター 主任就業支援ワーカー 原田文子
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