通常歩行は可能であり移動面での配慮は特にしていない。面接等の経緯は以下のとおりだが、正式な採用面接の前に対象者に会うことが重要と考え、事前面接を実施した。
事業所（以下「同所」という）と対象者が出会うきっかけは、平成28年11月頃、就労移行支援事業所を運営する法人から同所に電話があり「デイサービス業務の見学をしたい、また利用者で求職活動中の対象者に会ってほしい」との依頼であった。「両上肢に障害があり、字は書けないが足でパソコン入力ができる」という電話情報だけでは「障害の程度・何を配慮すべきなのか」が分からないため、「まずは会ってみよう」と事前情報で断らず、対象者と会うことを決断した。その結果、パソコンを活用した事務処理のスキルは問題ないが、重い書類の出し入れなどは困難であり、トイレ介助者が必要であることが分かった。（詳細は上記「障害の内容・特性」参照のこと）

＜事前面接から応募までの経緯等＞
　同所では、対象者は「世話になるだけでは引け目になる」、介助者は「業務外のことをやらされる形となり負担となる」等、一緒に働くのであれば各々が対等の関係になる必要があると考えて、職員に業務外のトイレ介助をさせることは困難であるため「就労を希望する場合には対象者側でヘルパーなどの介助者を確保するよう」伝えた。また、対象者は「パソコン入力業務(主にホームページ作成能力)」に秀でていたが「業務量的にパソコン入力だけで採用は困難」であることを伝え、採用してから先のキャリア形成についても考えて「医療事務を少しだけでも勉強して、自分に向くかどうかを考えてから応募して欲しい」と伝えた。それは「知識が付けば将来事務長になるという選択肢もあるかもしれない」との判断であり、「身体が不自由でも頭脳で勝負して欲しい」という考えからの対象者への提案であった。
　採用側としては、採用後のイメージが具体的に定まっていなかったためにこのような提案となった。採用後どのような仕事をしてもらうのか、そこが見えないのが不安で、対象者からの募集を待つ形で結論を先送りしたともいえる。
　会った際の印象は、対象者に「大きな夢」があり「性格の良い好青年」であったため、デイサービス（以下DS）であれば介護士もいて対象者のトイレ介助ができるので就業が可能ではないかとの判断から、応募があれば採用する方向で平成29年1月に医療事務・一般事務の複数名の求人をハローワークに出した。
　後日談ではあるが、対象者はトイレ介助者が見つからない時点で、ほぼ応募を断念していたそうである。

＜採用についての基本的考え方と担当業務＞
　同所では対象者の雇用を障害者雇用のために仕事を作るのではなく、職場改善のための増員と考えた。
　職場における介護職は人手不足であり、よくできる職員ほど業務量が増え疲弊して辞めるため、更なる人材不足に陥っている。この流れを断ち切るには、介護現場に事務員を配置し、書類業務を介護職から減らし、その分、介護職が事務員のトイレ介助をすることが可能になり、これにより、対象者と介助者が「助け合い・互助・Win-win」の関係となり、お互いが引け目を感じることも負担になることもなく、必然の関係になると考えた。この思考の組み立てが出来た時が、パズルがはまるように「対象者を雇用できる」と思えた瞬間であった。
　よって、端からみれば「対象者のために仕事を作り出して雇用した」となるのかもしれないが、「対象者の夢を応援したい・何とか雇用できないだろうか？でも、パソコン入力だけの仕事は無い…」とずっと気になっていたところに、上記の考えが浮かび「ホームページも作ってもらえるし…」と全てが繋がり、採用後のビジョンが描けたことで、対象者が「就職して欲しい人材」となった。
　まずは対象者との出会いありきで、対象者に「うちで働いて欲しい・夢をかなえるお手伝いをしたい・そのためにはどうするか？」とは思ったが、障害者雇用を増やす等の考えではなかったのが実情。
　今回の雇用が成功した要因は、まずは「働いてみてもらおう」という思い。そこに理由づけをしたこと、対象者の人柄、対象者と一緒に働いてもらうことを前提で同時採用した事務職員、トイレ介助を通常業務の一部としてやってくれる介護職員たち、高齢・障害・求職者雇用支援機構A支部高齢・障害者業務課の担当職員、「職場実習」で配慮すべき点の洗い出しをしてくださった障害者就業・生活支援センターの担当職員、「ジョブコーチ」（後述）でお世話になった担当職員等、関係者全ての皆様のおかげである。「対象者は、うちの戦力です。障害者ではなく、夢を抱き頑張る仲間の一人です」と同所の職員は皆考えている。
　対象者に従事してもらいたい仕事が明確になってから採用したので、「医療事務の勉強はしていなくても良い」とした。今は介護制度の勉強も少しずつしてもらっている。対象者本人は「DSの課長になる」という、ひそかな野望も現在はあるようである。

＜採用までの経緯：受入態勢の準備、面接・職場実習の実施、関係機関との連携等＞　
　前述の求人の一般事務に応募のあった女性を1名、3月に採用。DSの事務業務を対象者と2人で行う想定とし「書類の出し入れ・電話対応などに困らないよう」に準備した。また、「障害者の社会参加に協力する」方針で、介護業務従事者の書類作成などの事務負担を軽減することにより、対象者のトイレ介助を介護業務従事者の業務の一部として行えるよう、更には、介助全般を全職員が自然に行なえるよう、同所内の役割分担・意識の改革を促した。
　3月末、対象者より応募がなかったため、就労移行支援事業所に連絡し、対象者の応募意向を確認したところ、応募意向が確認された。そのため、「同所」・「ハローワーク」・「障害者就業・生活支援センター」・「就労移行支援事業所」の四者による対象者との面談を行い、職場実習を採用前に行うこととした。
　4月に入り職場実習の部署・条件などの最終確認を四者で行った。物の扱いは下肢がやりやすいことから、下駄箱の位置を足でとりやすい一番下に変更した。タイムカード記録機の位置の変更も検討したが、スペースが無いため、対象者が他の職員に声掛けを行い押してもらうこととした。また、職場実習担当職員を決め、トイレ介助以外の相談を行いやすくした。
　トイレ介助については介護業務従事者が担当することとした。そうした準備の後、1か月間の実習を実施し、順調な仕事ぶりで勤務状況も良好なことから、実習終了後の平成29年5月に採用となった。
　なお、地域障害者職業センターのジョブコーチを採用当初から活用した。

　採用後も職場実習担当職員が引き続き1か月間業務指導を行った。また、同時採用した事務員（Yさん）が対象者の母親世代の年齢であり、良き理解者、相談相手、介助者として支えている。Yさんは採用当初パソコン技術が未熟であり、対象者が教えることも多く、ここでも互助の関係ができている。

・移動面において丸いドアノブは扱えないため他の職員とともに移動する。
・休憩室が2階にあるため普段は階段を使用しているが、体調不良などあれば同所利用者用エレベーターを使用できることとしている。

・対象者は、足でキーボード・マウスを操作するため、機材を床に設置。
・電話の設置場所を低い位置に変更、対象者が電話を掛けられるようにした。
・鞄の上げ下げは介助し、机のそばに鞄置き場を設置。

介護施設であるため施設全体がバリアフリー化がなされており、対象者の採用にあたっての大きな設備改修等はなされていない。

　動きやすい服装を認めることと、トイレ介助が必要なため、上げ下げしやすいズボンを着用すること。上着の着脱は介助者が手伝う。

・出退勤時刻や体調面は問題がないので配慮をしていない。
・休憩室が畳の部屋であるため、いすを設置。今後は違う部屋で仮眠の取れるベッドの設置を検討中。

　障害が目に見える形でわかるため必要以上の説明は行っていない。配慮を待つのではなく対象者から職員に声を掛けられるようにも努めている。また、トイレ介助のみならず、同時採用の事務員(Yさん)も対象者の手の代わりになっており、対象者への介助全般を全職員がさりげなく自然に行なっている。

　前述の下駄箱・電話機の位置、タイムカードの記録の他にも、周囲の職員が水筒にストローを挿す、昼食の準備を手伝うなどの配慮が行われている。座席も来客者の対応時にすぐ立ち上がれないため、窓口より少し奥にした。